コラム

Think globally, act locally!(世界規模で考え、身近な場所で動け)

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2016年3月号掲載

1.はじめに

このほど、日本政府は、障害者権利条約にもとづいて提出を求められている「政府報告」を国連障害者権利委員会(以下「権利委員会」)に提出した。

2006年に採択された同条約では、どんなに重い障害があっても、障害のない市民と同様に地域で暮らし、学び、働き、スポーツ・旅行・趣味を楽しみ、情報のやりとりをする権利を保障することなどが定められている。日本は2007年に同条約に署名したのち、2014年1月にこれを批准した。

同条約の締約国は、国内での効力発生後2年以内に1回目の「政府報告」を権利委員会に提出することが求められている。今後、「政府報告」を受けた権利委員会はこれを審査し、条約に反する実態や法制度の不備があれば勧告を行なうことになる。

2.「政府報告」の内容

「政府報告」の原案は外務省が2015年9月に示し、内閣府の障害者政策委員会(以下、「政策委員会」)がこれを元に同年12月までに報告案を固めた。

政府報告では、権利条約の第1条から第33条まで、条文ごとに国内の取り組み状況が記述されている。日本の障害者施策を限られたページ数で報告する必要があるため、制度の紹介が中心となり、障害者の生活の実態や、条約批准後に障害者の生活が変化したのかどうか等についての踏み込んだ分析はほとんど行なわれていない。

しかし、特筆すべき点がある。それは、報告書の中に、重要なポイントに絞り、政策委員会によるコメントが書き込まれた点である。それは、「障害のある女子」「意思決定支援」「精神保健福祉法の運用」「重度障害者の地域移行」「情報アクセシビリティ」「インクルーシブ教育」「雇用」「統計」の8項目である。通常は制度の羅列に終始することの多い「政府報告」に、このような形で、政府の施策への批判的な意見が書き込まれることは極めて珍しいといわれている。

3.石川准教授へのインタビュー

今回、政府報告のとりまとめに尽力された政策委員会の委員長、静岡県立大学の石川准教授にお話を聞くことができた。以下はそのやりとりの要約である。

もともと「政府報告」に政策委員会の意見が書き込まれることは予定されていたのですか。

石川

当初、政府は、報告書の中に政策委員会の意見を記載することは想定していませんでした。しかし、政策委員会は、権利条約の国内監視機関に位置づけられていますから、その職責を十分に果たし、それを形に残す必要がありますし、そもそも、国連に対して政策委員会が論点を示さなければ、権利委員会による審査の実効性も上がらないだろうと考えました。そのため、政策委員会は、政府に対し、委員会の意見を報告書内に書き込むことの意義と必要性を丁寧に説明しました。建設的対話が身を結んだと考えています。

今回、政策委員会は権利条約の国内監視機関としての役割を十分に果たせたと考えていますか。

石川

もちろん完璧ではありません。たとえば、今回は立法や司法については監視を行なうことはできませんでした。しかし、様々な制約の中で、できる限りのことはやったという思いがあります。特に、「意思決定支援」と「精神保健福祉法の運用」については、権利条約の理念と日本国内の状況には乖離があるといわざるを得ませんので、この点は、政府とは違う国内監視機関としての見解をかなり明確に記述しました。委員長である私個人としても、この2点は、絶対に譲れないポイントだという思いがありました。なお「インクルーシブ教育」については、政策委員会の中でも様々な意見があり、意見を列挙する形にとどまった面があります。

政府報告書について、日本の障害者の生活実態等が示されていないことは問題であるなどと指摘されていますが、いかがですか。

石川

確かにそういう側面はあります。問題は、政策委員会での議論の中でも再三指摘されたことなのですが、政府が、障害者についての詳しい統計データを持っていないことだと思います。今後、日本国内の障害者の状況を正確に把握し、適切な施策を立案するためにも、たとえば、国勢調査で障害に関する項目を設けるなど、全国的なきめ細かい調査が必要でしょう。

今後行なわれることになる権利委員会での審査を充実させるためには何が必要でしょうか。

石川

障害者団体などのNGOが、パラレルレポートといって、政府とは違う観点から、日本の状況を権利委員会に報告することができます。重要なポイントに絞り、質の高いパラレルレポートを出すことが、日本に対する審査を充実させることになります。

4.終わりに

権利委員会による日本に対する審査は、2018年頃に行なわれる見通しである。日本の障害者施策が世界水準に照らした評価を受けることになる。引き続き注目したい。

ところで、以前、「Think globally, act locally!」(世界規模で考え、身近な場所で動け)という言葉を聞いたことがある。社会を変えるために、忘れてはいけない言葉だと思っている。障害者権利条約の採択以降、ここ数年で、主に日本の法制度は大きく変わってきた。しかし、読者の多くは、まだ、あまり社会の変化を実感できずにいるのではないだろうか。

世界規模での権利の枠組みはできた。次は、私たちが身近な場所で行動を起こす番だ。健常者と積極的に対話し、お互いを理解し合うこと、勇気を出して1歩踏み出し、障害者の実力を健常者に示すこと、それが大切だ。この決意を新たにして、連載1年の節目としたい。

付記:石川教授は、今年委員の半数が改選される権利委員会の次期委員に立候補しており、その選挙が6月に行なわれる。石川教授を心から応援したい。