コラム

勇気と想像力と

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2016年8月号掲載

1.1人の視覚障害者の勇気が勝ち取った判決

本年5月26日、神戸地方裁判所において、強度弱視の視覚障害を持つ後藤芳春教諭が、教科担当をはずされるなど違法な業務命令を受けたなどとして、勤め先である兵庫県神戸市の学校法人須磨学園とその理事長らを相手取って起こした裁判の判決が出された。

判決によると、後藤教諭は1979年に須磨学園に採用され、30年余り高校で社会の授業を担当してきた。後藤教諭は、先天性弱視で、授業中に教科書を参照することが難しく、教科書を暗記するなどして授業していたが、2011年3月に学校から「入試の問題に関する教材研究のみをせよ」と図書室での勤務などを命令された。その後、「辞めた方がいい。居残るなら退職金を減らす」などと退職を迫られ、12年12月から約7カ月間、自宅待機をさせられるなどしたという。

裁判所は、「(教科担当を外したのは)業務上の必要によるものではなく、自主退職に追い込む不当な動機によるもので、業務命令権の乱用」と指摘し、「一連の行為は社会通念上、相当と認められる範囲を超える不法行為。嫌がらせともいえる」として、須磨学園側に慰謝料など役180万円の支払いを命じた。

本判決では、社会科教員として採用された後藤教諭を、教壇に立たせず、図書館の書籍の整理等を命じ、自主的退職を迫った一連の学園側の言動が違法であったとされた。

この判決は、正面から障害者差別に切り込んではいないものの、雇用主は、ある労働者に障害があったとしても、その者の知識や能力に見合った適切な職務に配置しなければいけないという考え方を確認する者で、障害者雇用の場においても重要な意味を持つものである。多くの場合、仕事を「干された」労働者は、意気消沈し、自ら会社を去っていく。この判決は、雇用主の圧力に屈せず、裁判に立ち上がった後藤教諭の勇気が勝ち取ったものだといえる。

2.須磨学園は氷山の一角

ところで、今なお、この裁判の後藤教諭のように、多くの視覚障害者が、就職はした者の、職場でやりがいのある仕事が与えられず、自分の実力を発揮することができずにいる現実がある。以前、企業で働いているある全盲の友人の話を聞いて驚かされた。その友人に寄れば、彼が任されている仕事は、午前9時と午後5時に、自宅から、担当者に始業と終業を連絡するメールを送信することと、週に1回、A4で1枚のレポート(内容は自由)を提出することのみであるという。これでは、どんなに能力があっても、その能力を発揮する機会がほとんど与えられていないに等しい。

3.行政手続は以外と使える

では、今、仕事を与えられずにいわば「飼い殺し」のようにされている視覚障害者が取り得る方策はないのだろうか。

1つは、後藤教諭のように裁判を起こして救済を求めるという方法があり得る。しかし、多くの場合、裁判にはかなりの時間と労力が必要であり、司法のハードルはかなり高い。

近年の障害者制度改革の中で、これまで、職場で泣き寝入りをさせられてきた障害を持つ労働者が、自らの道を切り開くために使える行政手続が設けられたのをご存じだろうか。

まずは、改正障害者雇用促進法によって新たに作られた都道府県労働局長などによる行政指導の仕組みがある。本年4月から施行された同法では、障害を持つ労働者に対して、雇用主が不当な差別的取り扱いをすることを禁止しており、これに反する事実があれば、障害を持つ労働者は、都道府県労働局や各地のハローワークに相談することができる。そして、調査の結果、不当な差別的取り扱いがあるとされれば、雇用主に対し、労働局長やハローワークの所長による助言、指導、勧告がなされることになっている。「目が見えない人にさせる仕事はない。」というように、障害を理由に仕事をさせてもらえない場合には、この仕組みを使うことが考えられる。

また、同法では、障害を有する労働者がその能力を発揮する支障となっている「社会的障壁」がある場合、雇用主には、労働者と話し合い、その「社会的障壁」を取り除くための合理的配慮を行う義務があるとされている。そして、たとえば、視覚障害者が、仕事に必要なスクリーンリーダーの購入を頼んでも雇用主がこれに応じないというように、雇用主に、合理的配慮義務に違反する行為がある場合にも、不当な差別的取り扱いの場合と同様、障害者は各地の労働局やファローワークに相談することができ、必要に応じ、都道府県労働局長及びハローワークの所長による助言、指導、勧告が行われることになっている。

さらに、2011年より施行された障害者虐待防止法では、雇用主による障害を持つ労働者への虐待が禁止されている。そして、障害を持つ労働者に仕事をさせず、1日中他の社員と隔離された部屋に放置しているなどという状況があれば、それは、放置による虐待(ネグレクト)とされる。この場合、相談すべき窓口は、市町村の障害者虐待防止センターや都道府県の障害者権利擁護センターである。相談を受けた自治体窓口は、都道府県労働局と連携し、立ち入り調査を行い、助言、指導、勧告等を行うこととなる。

このように、近年、障害のある労働者が使える様々な行政手続が整備されてきたが、周知が不徹底であるためか、まだあまり積極的に利用されてはいないようである。

4.人生に必要な者は…

チャーリー・チャップリンの映画に「人生に必要なものは勇気と想像力、それに、ほんのちょっとのお金だ。」という有名なセリフがある。職場で仕事が与えられずにただ終業時刻を待っているだけの仲間がいるとしたら、ぜひ、この言葉を贈りたいと思う。

少しずつ法整備が進み、これまでは障害者のエゴやわがままとされてきた」障害者も人間らしく働く権利」が、正当な主張として認められる社会的素地が整いつつある。

必要なのは、新たな地平に一歩を踏み出す勇気と想像力である。あとは、「ほんのちょっとのお金」で雇える有能な弁護士がいることもお忘れなく(笑)。