コラム

65歳になっても介護保険を使ってはいけない理由

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2017年8月号掲載

1.はじめに

東京都品川区に住む中山文夫さん(66歳)は、一人暮らしの全盲の視覚障害者である。中山さんは、週3回、2時間30分ずつホームヘルパーを利用し、自立した生活を送ってきた。ホームヘルパーには、買い物、料理、掃除、洗濯、書類の代読等をしてもらっていたが、中山さんの世帯は住民税非課税だったので、利用料の自己負担はなかった。

ところが、中山さんが65歳の誕生日を迎えたのを機に、この状況は大きく変化した。ホームヘルパーを利用できるのは、月曜日と水曜日は1時間30分、金曜日にはわずか1時間へと激減した。そして、1か月あたり4000円を超えるサービス利用料の自己負担が生じるようになったのである。

この結果、中山さんは生活の見直しを余儀なくされた。ホームヘルパーに買い物や洗濯を頼むことをあきらめ、料理と部屋の掃除の一部、書類の代読だけをしてもらうことにした。しかし、それでも毎回ヘルパーの利用時間が足りなくなり、部屋の中には、読めないままの手紙や書類がどんどんたまってしまうようになったという。

障害の状態は変わらないのに、65歳になった瞬間、それまで利用できていたサービスが削られ、利用料の自己負担を求められてしまう。なぜこのようなことが起こるのだろうか。

障害者総合支援法には、その第7条で介護保険優先の原則が定められており、障害福祉サービスと介護保険に類似のサービスがある場合、障害福祉サービスを利用している障害者は、65歳になると介護保険に移行するように指導される。しかし、介護保険では、障害者も健常者と同じ扱いとなるため、多くの場合、それまでと同様の手厚いサービスが受けられなくなる。また、障害福祉サービスは、低所得の世帯では自己負担なくサービスを利用できる仕組みとなっているが、介護保険では、低所得の世帯でも1割の自己負担分を支払わなければならなくなる。これにより、中山さんの例のように、65歳を境にサービスが削られ、自己負担が生じる、あるいは負担額が増加するなどの問題が生じている。いわゆる障害者の『65歳問題』である。

2.厚労省の通知にもかかわらずサービスが削られ続ける現実

介護保険優先の原則は、障害者の生存権を脅かすもので憲法違反だなどとして、障害者団体が声を上げ、また、各地で訴訟も起こされている。

これを受け、厚労省は、介護保険優先の原則は維持しつつも、65歳を過ぎた障害者について、介護保険で不足するサービス分は障害福祉サービスを併給できるようにするなど適切な配慮をするよう、市区町村に対して通知を発出している(※1 ※2)。

ところが、この通知が出された後も、問題は一向に改善していない。ここには、障害福祉サービスに対する国と市区町村の費用負担の割合の問題がある。

国は、政令(※3)及び告示(※4)により、65歳以上の障害者が障害福祉サービスを利用した場合に国が市区町村へ交付する補助金の額を、65歳未満の障害者が障害福祉サービスを利用した場合に比べて、大幅に減額するとしている。65歳以上の障害者が障害福祉サービスを利用した場合には、国の費用負担が減った分だけ、市区町村の費用負担が増えることになるのだ。

国は、障害福祉サービスと介護保険サービスの適用関係について、表向きは、「障害福祉サービスと介護保険サービスの併給が可能」などと言い、65歳以上の障害者が障害福祉サービスを適切に受けられるよう配慮するような姿勢を見せている。しかし、肝心の財政援助の点では、国は自らの費用負担を大幅に減らし、費用負担の増加に耐えられない市区町村が介護保険の枠内でサービス提供をせざるを得ないような状況をつくっている。この問題の根本は、市区町村ではなく、むしろこのような国の姿勢であるといえる。

  1. 平成19年3月28日厚生労働省通知「障害者自立支援法に基づく自立支援給付と介護保険制度との適用関係等について」(障企発第0328002号・障障発第0328002号)
  2. 平成27年2月18日付の厚労省の市区町村に向けた「事務連絡」では、「介護保険利用前に必要とされていたサービス量が、介護保険利用開始前後で大きく変化することは一般的には考えにくいことから、個々の実態に即した適切な運用をお願いしたい」とされている。
  3. 障害者自立支援法施行令第44条第3項第3号及び同第3号
  4. 「厚生労働大臣が定める障害福祉サービス費等負担対象額に関する基準等」平成18年9月29日厚生労働省告示第530号

3.期待外れの障害者総合支援法改正

来年4月、障害者総合支援法が改正される。改正法では、65歳を超えて介護保険に移行し、自己負担が生じるようになった低所得の障害者の一部について、自己負担分に相当する「高額障害福祉サービス等給付費」が支給されることになる(76条の2)。障害者がいったん払った自己負担分を、のちにキャッシュバックすることにより、実質的に自己負担をなくすという仕組みである。

『65歳問題』の解決につながるのではないかと多くの障害者が期待していた法改正だったが、残念ながら、視覚障害者には何の恩恵もないものになってしまいそうである。というのも、ほとんどの視覚障害者は、この「高額障害福祉サービス等給付費」を受けられないことがほぼ確実になってきたからである。

「高額障害福祉サービス等給付費」を受けるためには、低所得であることに加え、①65歳に達する日前5年間にわたり、相当する障害福祉サービスに係る支給決定を受けていたこと、および、②65歳に達する日の前日において障害支援区分2以上であったことが条件とされる。しかし、単一の視覚障害のみの場合、障害者総合支援法の障害支援区分は、多くの場合区分1であり、「障害支援区分2以上」という要件を満たすことはない。

このように、結局、法改正によっても、視覚障害者に関する限り、65歳問題は解決しないのである。

4.では、どのように自分の身を守ればよいのか

これまで述べたように、現状では、視覚障害者に関する限り、障害者の『65歳問題』は、いまだ解決が見通せない。

そのため、今、ホームヘルパーを利用していて、これから65歳を迎える視覚障害者にとって、最も現実的な自己防衛策は、行政の担当者から指導があっても、「介護保険の申請を行わないこと」だといわざるを得ない。障害福祉サービスに利用年齢の制限はないので、基本的に、いったん需給が始まったサービスは、障害の状態が変わらない限り、一方的に打ち切られることはない。サービスが削減された上に自己負担が生じる介護保険は「あえて使わなければよい」のである。

また、すでに65歳を過ぎ、介護保険に移行してサービスが減らされてしまった視覚障害者は、上記の厚労省の「事務連絡」を示して行政と交渉することが有効である。その際、信頼の置ける相談支援専門員に、自分にはどの程度のホームヘルプサービスが必要なのかのアセスメントをしてもらい、できれば交渉に立ち会ってもらうことが望ましい。

これまで、多くの視覚障害者団体は、視覚障害者の『65歳問題』にあまり積極的に取り組んでこなかったように思われる。しかし、本稿で紹介した中山さんのように、現実に、生活上大きな困難を抱えることになった仲間がいる。欠陥のある制度を改めさせることができるのは当事者運動だけである。私たちは今、もう少し仲間の痛みに敏感になる必要があるのではないだろうか。

付記:多くの視覚障害者が利用している同行援護は、障害福祉サービスだけにあって介護保険にはないサービスなので、65歳で介護保険に切り替えられるということはない。そのため、65歳になってもサービス内容や利用料の負担に変化はなく、継続して利用できる。本稿で述べた『65歳問題』が起こるのは、もっぱらホームヘルパーの利用の場面のみであることを念のため付言する。