コラム

差別解消法の問題点と差別禁止条例への期待

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2015年8月号掲載

1.障害者差別解消法の問題点

最近、講演などで障害者差別解消法(以下、「差別解消法」と略する)についてお話しする機会が増えた。その度に決まって聴衆から受ける質問がある。それは、もし、「不当な差別的取り扱い」を受け、「合理的配慮」を提供してもらえない場合、障害者は誰に相談すればよいのかというものである。

この質問を受けると、私はいつも困る。実は、差別解消法には、私たち障害者が差別を受けた場合、誰が相談を受け付け、どうやって問題を解決するか、具体的には全く定められていないのである。これは差別解消法の重大な問題点の一つである。

同法を読むと、一応、第14条で、「国及び地方公共団体は、(中略)障害を理由とする差別に関する相談に的確に応ずるとともに、障害を理由とする差別に関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう必要な体制の整備を図るものとする」と定めてはいる。そして、政府は、「必要な体制の整備」として、新たな機関は作らず、既存機関、例えば法務局や行政評価事務所の機能を充実させて、対応することを想定しているようだ。

しかし、現在の法務局等の実情を考えると、極めて心許ないと言わざるを得ない。実は、法務局では従来より障害を理由とした差別に関する相談を受け付けている。ところが、残念ながら、私は、障害者が法務局に相談したことで問題解決に繋がったという事例を聞いたことがない。おそらく、この原因として、マンパワーの不足、相談に当たる職員や人権擁護委員の障害者差別に関する知識、経験の不十分さなどの問題があるものと思われるが、かかる状況が差別解消法が施行される来年4月から劇的に改善されるとは考えられない。

では、差別解消法が施行された後も、差別を受けた障害者は、誰にも有効な援助を受けられず、泣き寝入りをするしかないのか。ここで、現状を打破する有力な処方箋があることを皆さんにお伝えしたい。それは、地方公共団体が独自に策定する障害者差別禁止条例(以下、「差別禁止条例」と略する)である。

2.各地の障害者差別禁止条例の動き

条例とは、都道府県や市町村が独自に策定するローカルルールのことで、法律の範囲内で地方自治体が自由に策定することができる。本稿を執筆している平成27年7月時点で、既に、13の地方公共団体で、各々の地域に根ざした障害者差別禁止条例が制定されている。制定順に挙げると、千葉県、北海道、岩手県、さいたま市、熊本県、八王子市、長崎県、別府市、沖縄県、京都府、茨城県、鹿児島県、富山県の10道府県3市である。

これらの条例全てで、それぞれの地方公共団体独自の相談体制、問題解決のための仕組みが作られ、上述した差別解消法の問題点を補い、一定の成果を上げている。

3.千葉県条例の相談体制、問題解決の仕組み

特に、全国で初めて制定された障害者差別禁止条例「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」の相談体制や問題解決の仕組みとその成果には目を見張る。

千葉県では、県下全域に約 600人の地方相談員が配置され、16人の広域専門指導員という県の職員が各地域の相談を総括している。また、広域専門指導員レベルで解決しなかった事案については知事の付属機関である調整委員会が助言、あっせんを行なうという体制が整備されている。

そして、条例が施行された平成19年以降、このような体制のもと、平均して年間約200件の障害を理由とする差別や合理的配慮に関する相談に対応している。このうち、視覚障害に関係する相談とその顛末をいくつか紹介してみたい。

(1) スーパーの店内の点字ブロックの事例

ある視覚障害者から、「スーパーの店内の点字ブロック上に商品の陳列台が置かれ、歩行の支障となっている」という相談が寄せられた。これに対し、広域専門指導員は、その店舗や本社に連絡を取った上で、本人とスーパーを訪ねて協議を行なった。その結果、店側から、①接客担当者を呼べるインターホンの設置、②点字ブロックの貼り直しの2案の改善策が提案され、最終的に、その店に、いつでもスーパーの接客担当者を呼ぶことのできるインターホンが設置されることになった。

(2) 銀行のATMの事例

ある視覚障害者より、画面が見えないと銀行のATMを使用して独力で振込み操作を行なうことができない。しかし、そのために窓口で振込みをすると、手数料がATMを利用するより高いので納得がいかないという相談が寄せられた。

この相談をきっかけに、県が複数の銀行に働きかけ、銀行と視覚障害者団体が話し合う場が設けられた。そして、銀行の窓口での代筆のルールが整理されるとともに、視覚障害者が窓口で振込みを行なった場合の手数料をATMの手数料と同額に引き下げることが合意された。

4.結び

上の事例からも分かるように、差別禁止条例は、①身近な地域で障害者からの相談にきめ細かく対応する体制作りができる点、②地域共同体の意識に根ざした話し合いにより、その地域全体として問題解決に取り組むことを可能にする点で、全国一律のルールである法律に勝るといえそうである。

また、差別禁止条例には、それが制定されるまでのプロセスにも重要な意義がある。多くの人は、障害者に対する差別というのは自分とは縁遠い問題だと考えている。しかし、差別禁止条例を作る過程で、身近な地域にどのような差別があり、それを解決するために必要なことは何かを障害者と健常者が共に考えることができる。それが地域社会全体の意識を変えるきっかけとなるはずである。

このエッセイのタイトルである「共生社会の足音」は、永田町や霞ヶ関ではなく、身近な街角に響かせてこそ意味がある。各地に広がりつつある差別禁止条例制定の動きを心から応援したい。このエッセイのタイトルである「共生社会の足音」は、どこかから聞こえてくるものではなく、私たち自らが一歩を踏み出して、自ら鳴り響かせていくものなのである。