コラム

all for one(みんなは1人のために)

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2016年4月号掲載

1.また起こってしまった卑劣な事件

今月、私たち障害者にとり長年の悲願であった障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が施行された。

私は、ようやくこれで少し社会が変わるかもしれない、そう思っていた。しかし、先日、そんな私の淡い期待に冷や水を浴びせるような酷いニュースが飛び込んできた。中国地方にある短大で起こった、中途視覚障害者に対する悪質なパワーハラスメント事件である。

その短大には山口雪子准教授という1人の研究者が勤めている。山口准教授は、網膜色素変性症により徐々に視力が低下し、現在では視力0.01程度の強度の弱視であるが、PCの画面読み上げソフトを駆使し、自費で補助者を雇って講義と研究を続けてきた。

短大側は、2年前に、山口准教授に対して、視力が低いことを理由に複数回の退職勧奨を行なったが、山口准教授は、これを拒絶し様々な工夫を重ねて講義を続けてきた。すると、今年2月、短大側は、突然、山口准教授に対して、担当講義外しと研究室の明け渡しを通告してきた。既にその時点で、後任の担当者は決められており、新年度、山口准教授の講義は履修科目リストから削除されていたという。

山口准教授に対する講義外しの理由は、学生から好評だった指導内容や専門性に関わることではなく、視力が低いために、講義中に学生がお茶や飴などの飲食をしたり、居眠りしていることに気づくことができず注意できなかったなどというものだ。

このように、短大側は、視覚障害に起因して学生の講義中の態度を注意できなかったことなどを理由に、山口准教授に講義をさせず、研究室の明け渡しを求めている。直ちに学校を辞めろと言ってはいない。しかし、講義をさせず、准教授であれば当然に持つことのできる研究室を取り上げることで、いわば「飼い殺し」にして退職を迫っているのである。これは、法的には事実上の退職勧奨と評価される。

2.短大の行為の法的考察

このような短大側の行為は、今月施行された障害者雇用促進法で雇用主に禁止された障害を持つ労働者に対する不当な差別的取り扱いに当たり、絶対に許されてはならない。

同法では、全ての雇用主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならないと定められている。そして、法律を具体化する厚生労働省のガイドラインである「差別禁止指針」には、雇用主が行なってはいけない行為の1つとして「障害者であることを理由として、障害者を退職の勧奨の対象とすること」が挙げられている。短大側の山口准教授に対する処分は、まさにここに挙げられている障害者であることを理由とする退職の勧奨に当たり、障害者雇用促進法に反する違法行為と評価される可能性が高い。

また、これに加え、短大側の行為は、悪質なパワーハラスメントでもある。

職場におけるパワーハラスメントについて調査研究した厚生労働省のワーキング・グループは、パワーハラスメントには、①身体的な攻撃、②精神的な攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大な要求、⑤過小な要求、⑥個の侵害という6つの類型があるとしている(平成24年1月30日付 厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」より)。短大側が、准教授の職にある労働者に対して、上記のように、講義をさせず、研究室の明け渡しを求めることは、業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないことであり、⑤の「過小な要求」に当たり、短大側の処分は、民法上も「不法行為」と評価される可能性が高い。

3.痛みを共有する仲間の力

ここまで、短大の行為が違法なものであることを述べてきた。それでは、裁判を起こせば山口准教授は教壇に戻ることができるのか、ことはそれほど簡単ではない。

我が国の従来の裁判例を見ると、調理師など、常に仕事をしていないと腕が落ちてしまうといった例外的な場合を除き、労働者側には、いわゆる「就労請求権(労働者が使用者に対し、自己を就労させることを請求する権利)」は認められていない。これを本件に当てはめれば、短大側は、給料さえ払っておけば、山口准教授に定年まで講義を持たせず、いわば「飼い殺し」にできるということになってしまう。

このように、司法のみに過大な期待をすることはできない。私は、山口准教授を救うことができるのは、短大の不当な行為を許さないという世論の形成以外にはないと考えている。

今、「全国視覚障害教師の会(重田雅敏代表)」を中心に、徐々に山口准教授を支える支援の輪が広がりつつある。特に障害当事者や障害者団体は、この事件に関心を持ち、山口准教授を積極的に応援してほしい。山口准教授の身の上に起こった事件は、いつかあなたやあなたの家族に起こるかもしれない事件なのだ。そして、今、あなたが短大側の対応を許すということは、将来、あなたやあなたの家族が同じような処遇をされることを承認するということに繋がるのだから。

先日読んだ村上春樹の小説にこんな一節があった。

「人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。」(『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』より)

人は傷があるからこそ繋がれる、痛みを知っているからこそ一つになれる。今こそ、障害を持ち、同じ痛みを共有する仲間が集まって山口准教授を守るべき時だ。