コラム

あはき法19条違憲訴訟が始まった

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2016年10月号掲載

1.はじめに

先月、大阪、東京、仙台の裁判所で、これからの私たち視覚障害者の生活を大きく左右しかねない重要な裁判が始まった。学校法人平成医療学園とその関連法人である学校法人福寿会が、「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」(以下「あはき法」という)19条は、同法人の職業選択の自由を侵害する憲法違反の法律だとして、国を相手取って裁判を起こしたのだ。

あはき法19条では、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため、必要があると認めるときは、健常者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成学校の新設を認めないことができると定められている(以下、あん摩マッサージ指圧師を「あマ指師」、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師を「あはき師」と記載するが、視覚障害者の場合、はり師きゅう師の免許だけを持っているケースはほとんどないため、あマ指師とあはき師はほとんどオーバーラップする)。

これらの法人は、2015年、宝塚医療大学(兵庫県宝塚市)、平成医療学園専門学校(大阪市北区)、横浜医療専門学校(横浜市神奈川区)、および福島医療専門学校(福島県郡山市)において、あマ指師の国家試験の受験資格が得られる養成コースの開設を国に申請したところ、国は、前記のあはき法19条を根拠に新設を認めなかった。そこで、これらの法人が、同法19条は、法人の職業選択の自由(この場合は、あマ指師養成コースを設置運営する自由)を侵害するもので憲法22条に反すると主張して裁判を起こしたのである。

まだ裁判は始まったばかりであり、今後の成り行きを見通すことは難しいが、本稿では、裁判で予想される争点等について私見を述べたいと思う。

2.原告らの主張

まず、原告である平成医療学園側の主張を概観しておきたい。

原告は、あはき法19条が制定された昭和39年当時は、視覚障害者が生業に就く道は極めて限られており、健常者を対象としたあマ指師養成施設の増加を制限し、視覚障害あマ指師の生計維持を図る必要性があったが、法制定以後、およそ50年が経過し、その事情は大きく変わった。そのため、現在では、あはき法19条は、原告の職業選択の自由を制限するもので違憲だと主張している。

すなわち、この50年あまりの間に障害者雇用促進法などの障害者関連法規の新たな制定や改正等が行われたことや、ITの進歩などにより、視覚障害者の雇用環境は大きく変化し、職業選択の道は広がりつつある。現に、あはき法19条制定時に比べ、盲学校のあはき師養成課程を履修する生徒は激減している。さらに、障害者年金等の制度も拡充され、あマ指師養成課程の新設を制限することによって、視覚障害者の生計維持を図るあはき法19条の規定は、合理性を失ったというのである。

3.原告の主張に対する私見

しかし、これは原告の主張を通すために、(おそらく意図的に)視覚障害者の現状を無視したもので、まったく説得力を持たないように思われる。

まず、現在も、視覚障害者があマ指師を含むあはき師以外の仕事に就くことは極めて困難であり、依然として、あマ指師ないしあはき師は、視覚障害者が経済的に自立できる数少ない道のひとつである。

少し古いデータだが、厚生労働省の「平成18年身体障害児・者実態調査結果」によれば、視覚障害者の就業率は全体で21.4パーセント、その中でも、あマ指師を含むあはき業に従事している者の割合は29.6パーセントだった。視覚障害者のうちで働くことができているのはわずか5人に1人であり、仕事を持つということ自体が極めて困難な状況にあり、その厳しい就労状況の中にあって、あはき業は最も有力な就労形態であることがわかる。

また、平成26年に筑波技術大学の藤井亮輔教授が行った全国規模の治療院調査(※当センター実施)によれば、あはき業者の年収の中央値は、晴眼業者は400万円である一方、視覚障害を持つあはき業者は180万円だという結果が出ている。このデータからは残念ながら、視覚障害あはき業者は、晴眼あはき業者よりも経済的に劣位にたたされていることがわかる。そして、もしも健常者を対象とするあマ指師養成課程が新設され、晴眼あマ指師が増加すれば、競争激化により、視覚障害を持つ業者はさらなる苦境に追い込まれる可能性があるといわざるを得ない。以上のように、原告らの主張は、いずれも、現実を無視した空論であり、私たちは、本裁判の被告である国を通じて、視覚障害者のリアルな苦しみを裁判所に訴えていく必要がある。

4.終わりに

ところで、これまでに我が国で、裁判所によってある法律が違憲であると判断されたケースは、両親などの尊属の殺人に通常の殺人罪よりも重い罰則を科していた刑法の規定が違憲とされた裁判、女性の再婚禁止期間を6ヶ月とする民法の規定が違憲とされた裁判などわずか10件である。このように、ただでさえ違憲判決というのはとても珍しいものであることに加え、国が社会政策目的で、経済的弱者を保護するために他の者の経済的自由を制限した法律が違憲であるとされたケースは1例もない。裁判所は、社会経済政策の当否について判断する十分な能力を持たないため、原則的には経済的弱者保護や調和の取れた経済的発展を図るために国民の代表である国会の作った法律は合憲とすべきだからである(憲法学のいわゆる「目的二分論)。

そのため、今回平成医療学園などが起こした裁判においても、経済的弱者である視覚障害者を保護するために設けられたあはき法19条が違憲だとされる可能性はさほど高いものだとは思われない。

しかし、視覚障害者とあはきを取り巻く状況は、様々な意味で「待ったなし」であることは論を待たないだろう。この裁判をきっかけとして、将来世代の視覚障害者にあはきの伝統を引き継ぐため、地に足の着いた真剣な議論を始めることが必要だ。