あはき療養費の受領委任払いはそんなに怖くない
共生社会の足音
1.はじめに
読者の皆さんの中には、一定の疾患や症状については、健康保険を使って料金の1割または3割の自己負担で、あん摩マッサージ指圧、はり・きゅう(あはき)の施術が受けられることを、ご存じない方もいるのではないだろうか。
はり・きゅうで健康保険を使えるのは、原則的に、神経痛、リウマチ、頸腕症候群(首、肩、腕の筋肉や靭帯の痛み、しびれなど)、五十肩、腰痛症、頸椎捻挫後遺症(むち打ち症)の6疾患。「なんとなくだるい」「肩こりがひどい」といった症状で施術を受けても健康保険の対象にはならない。また、はり・きゅうで健康保険を使うには、患者の希望に加え、事前に医師に同意書や診断書を書いてもらう必要があり、はり・きゅうは、医師による適当な治療手段がない場合に健康保険が利用できるとされているため、同一疾患で、健康保険を使って医師の治療とはり・きゅうの施術を並行して受けることはできない。
マッサージの場合、健康保険の対象になるのは、「関節拘縮」「筋麻痺」の2症状に対する施術で、具体的には骨折や手術後の障害、脳血管障害の後遺症など。単なる肩こり、腰痛、疲労などを理由にマッサージを受けても健康保険の対象にはならない。また、はり・きゅうと同様に、医師の同意書や診断書が必要だ。しかし、マッサージははり・きゅうと違い、同一の病気やケガで病院や診療所を受診していても健康保険を併用できる。
なお、あはきの施術に健康保険を使うために必要な医師の同意書を、必ずしも東洋医学に対する専門的な知見を持っているわけではない医師が作成していることに関して、その必要性や合理性について、東洋医学の専門家であるあはき師より疑義が呈されている。あはきと健康保険を考える上で重要な問題だが、紙幅の制限のため本稿では問題点の指摘にとどめておく。
2.あはき療養費の受領委任払い制度が始まる
2019年1月より、あはきの健康保険の医療費(療養費)の取り扱いが変わる。これまでは、患者は健康保険を使ってあはきの施術を受ける場合、料金全額をいったん施術所に支払い、後で健康保険側に申請して、自己負担分以外の料金を還付してもらうという、療養費の「償還払い」が基本であった。
今後は、患者は病院などの保険医療機関のように、窓口で保険証を提示すれば、1割または3割の自己負担額を支払うだけであはきの施術を受けられるようになる。すでに柔道整復師には認められている療養費の「受領委任払い」が、あはき師にも認められるようになるのである。
ところで、上記の療養費の償還払いは、患者自身が健康保険への申請書を作成しなければいけないために、患者にとっては極めて不便で利用しづらい制度であった。そのため、現在でも、民法上の委任という形で、施術者やあはきの事業者団体の代表者が患者の代理人として健康保険への療養費請求作業を行い、患者に代わって療養費を受領する「代理受領」が広く行われている。受領委任払いの制度はなくとも、制度に先んじて、事実上、あはきの施術料の負担軽減が実現していたといえる。
しかし、この療養費の代理受領は、健康保険上の制度ではなく、あくまで各保険者により事実上認められてきた取り扱いであるため、施術を行っていないのに施術をしたかのように装って療養費を請求する架空請求や、施術回数や患者宅に訪問した際の距離を増やして請求する水増し請求などの不正請求に対する有効なチェックが行えないという問題が指摘されてきた。
そこで、今般、不正請求を防止するチェックの仕組みを組み込みつつ、患者の利便性を高めるべく、健康保険上の制度として受領委任払いが導入されることになったのである。
3.視覚障害あはき師と受領委任払い
現在、健康保険で施術を行っている視覚障害あはき師の多くは、墨字での書類作成が必須となる療養費の代理受領の事務手続きを、手数料を支払って各地の視覚障害者団体や日本あん摩マッサージ指圧師会(日マ会)などの事業者団体に代行してもらっていることが多い。具体的には、施術者は、来院時に患者から受け取った健康保険証のコピーと医師の同意書、自ら点字やパソコンで作成した施術日や施術内容のメモを視覚障害者団体などに送り、団体側で、療養費支給申請書等の必要書類を作成し、健康保険に提出するといった方法がとられている。
しかし、いずれは、現在の代理受領は使えなくなり、代理受領に比べて墨字による煩雑な事務が多く、視覚障害者にとっては使いにくい受領委任払いに制度が収斂されていくことが予想される。そのため、今後、事務処理が行えないために保険治療を続けていけなくなるのではないかと不安を感じている視覚障害あはき師も少なくないのではないだろうか。
視覚障害ゆえに問題となる可能性がある事務処理は、具体的には次の3点である。
① 患者から健康保険の自己負担金を受け取る際の領収証の発行
受領委任払いを使うためには、患者から健康保険の自己負担金の支払いを受けるときは、正当な理由がない限り、領収証を無償で交付するとともに、患者から求められたときは、一部負担金の計算の基礎となった項目ごとに記載した明細書を交付することが必要となる。
② 健康保険の申請書の提出前の患者による確認
施術者は、毎月、健康保険に提出する支給申請書を患者又は家族に見せ、施術を行った具体的な日付や施術内容を確認してもらった上で、支給申請書に署名又は押印をしてもらう必要がある。あわせて、施術者は、毎月、支給申請書のコピーまたは施術日数や回数、施術内容のわかる明細書を、患者又は家族に交付する必要がある。
③ 医師の再同意をもらう際に必要となる施術報告書の作成
施術者は、特定の患者について継続して健康保険による施術を行うためには、6ケ月ごとに、施術の内容・頻度と患者の状態・経過を記載した「施術報告書」を作成し、これを医師に提出して再同意を受ける必要がある(なお、この施術報告書の作成は当面は努力義務とされているが、いずれは義務化されるものと思われる)。
4.受領委任はそれほど怖くない
これらの事務処理への対応は、一見すると視覚障害者には難しいように思われるが、これまで事務手続きを代行してきた視覚障害者団体等とうまく連携すれば決して不可能ではない。
①の領収証の発行については、例えば、ある患者について健康保険による施術を継続的に行うことが決まった時点で、あらかじめ、団体側に必要事項を記入した領収証を一定数作成してもらい、施術者がこれを保管しておく。そして、毎回の施術ごとにこれを患者に交付する方法が考えられる。健康保険による施術は、毎回の施術内容が同じことが多いので、このような方法で領収証をあらかじめ準備しておくことが可能なのである。
②の支給申請書の患者による確認については、施術者から提供された情報をもとに団体側で療養費支給申請書を作成し、それを健康保険に提出する前に、いったん各施術者に送る。施術者は、これを患者に示して署名または捺印をもらい、直接あるいは団体を通じて健康保険に提出するという方法が考えられる。
③の施術報告書も団体側での作成が予想されるが、団体側で、6ケ月に1度、施術者より患者の状態・経過を聞き取ったうえで、②の毎月の療養費支給申請書の情報を転記すれば、さほどの労力を必要とせずに作成することができるものと思われる。
一見すると大変そうだが、個々の書類作成のプロセスを具体的に考え、施術者と視覚障害者団体等が連携して取り組めば、療養費の受領委任払いはさほど怖いものではない。
患者に対して施術料についての説明義務を果たし、保険請求の透明化を図ることは、長期的な視野で見れば、あはき師への患者や社会の信頼を高めることにつながるはずである。