コラム

残念な読書バリアフリー法案

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2019年2月号掲載

1.はじめに

昨年12月、今国会に提出される予定の「障害者読書環境整備推進法(通称:読書バリアフリー法)」の骨子が公表された。従来、私たち視覚障害者の読書に関しては、著作権法で著作者の権利を制限する方法によりその機会の拡大がはかられてきたが、新たな法律が制定されることにはどのような意義があるのだろうか。現行の著作権法の規定を確認したうえで、読書バリアフリー法の内容を紹介し、その課題などを考えてみたい。

2.著作権の制限による視覚障害者の読書機会の拡大

著作権法では、視覚障害者の読書が権利として保障されているわけではなく、通常の書籍を視覚障害者にも利用可能な方式に変換することが、特定の場合に著作権を制限するという形で許容されているに過ぎない。具体的には以下のとおりである。

(1) 点字について

著作権法においては、書籍を、著作権者の許諾を得ずに点字で複製することが著作権に対する制限として許容されている(法37条1項)。点訳の主体については制限がない。点字図書館、公共図書館、学校、ボランティア団体等さまざまな主体は、著作権者の許諾を得ることなく点訳を行うことができる。

(2) 音訳やテキストデータ化について

音訳やテキストデータ化(テキストデイジーも含む)については、点字図書館、公共図書館、大学図書館、学校図書館や、その他一定の条件を満たし、教育利用に関する著作権等管理協議会に登録しているボランティア団体等(著作権法施行令2条)が、視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者のために行う場合、著作権者の許諾を不要としている(法37条3項)。録音やテキストデータ化については、点訳の場合よりも製作主体が限られている。法文上はテキストデータ化とは記載されていないが、「その他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式」の一つにテキストデータ化も含まれるとされている。

(3) インターネットを用いたデータの配信について

原則的に、書籍などの著作物は、著作者による許諾を得なければ、インターネットを用いてそのデータを配信することができないが、上の(1)や(2)の方法で製作された点訳データ、録音データなどは、著作者の許諾を受けることなく、視覚障害者等に対してインターネットで配信することが認められている(法37条2項、3項)。

3.読書バリアフリー法案の内容と評価

次に、今般新しく制定される見込みの読書バリアフリー法の内容について紹介する。

本稿執筆時点では法案の骨子しか公開されていないが、同骨子によると、同法の目的は、「障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受することができる社会」を実現することだとされ、そのうえで、視覚障害者等の読書環境の整備を国や自治体の責務と明記し、施策実現のための基本計画の策定を国に義務づけている。

そして、基本的な施策として次の9項目が挙げられている。

  1. 視覚障害者等の読書に係る図書館サービスの提供体制強化
  2. 視覚障害者等が利用しやすい書籍に係る電子サービスの提供体制の強化
  3. 視覚障害者等が利用しやすい書籍の製作の支援
  4. 視覚障害者等が利用しやすい電子書籍の販売の促進
  5. 外国に存する視覚障害者等が利用しやすい電子書籍の入手のための環境の整備
  6. 視覚障害者等が利用しやすい電子書籍を利用するための端末の入手及び利用の支援
  7. 情報通信技術の習得支援の推進
  8. 研究開発の推進
  9. 人材の育成

これらの項目を読んだだけではわかりづらいかもしれないが、大雑把に要約すると、

  1. 点字、録音、テキストデイジーなどの媒体による書籍の製作、提供の環境を整備すること
  2. キンドルなど一般に流通している電子書籍が、視覚障害者等にも利用可能となるよう、出版業界に働きかけること
  3. 視覚障害者等による電子書籍端末の購入を支援することというのが施策の中心のようである。

前述した通り、従来、視覚障害者の読書に関する我が国の政策は、著作権法で著作者の権利を制限することで、ボランティアが点訳などを自由に行えるようにするというものだったが、読書バリアフリー法では、ボランティアによる善意の献身的な活動のみに頼るのではなく、視覚障害者等の読書環境の整備を行政の責務とし、財政的な裏付けを含め積極的な取り組みを求めた点は評価できる。

しかし、この法律、理念としては素晴らしいのだが、法が制定されて、具体的に私たちの読書環境がどのように改善されるのかが全く見えてこない。実際問題、法制定により期待できるのは、これまで単年度の補助金と寄付や会費によって、かろうじて運営費用が賄われてきたサピエ図書館の財政基盤の充実が、図られることくらいなのではないか。

その他、多くの施策は抽象的で、いまひとつ「パンチ」が効いていない。特に、視覚障害者の読書環境を一気に改善するためには、出版社に対して、書籍の電子データを点字図書館等に提供することを義務付ける以外にないことは自明なのだが、この点については、出版業界に配慮してか、環境整備など間接的な施策を行うという程度にとどめられてしまった。

点字図書館やボランティア団体等が、出版社から書籍の電子データの提供を受けられれば、自動点訳システムを用いた点訳資料の作成、テキストデイジー形式の書籍の作成が容易となり、点字図書館やボランティア団体等が、これらの形式の書籍を提供するまでにかかる時間や労力が大幅に削減できる。

しかし、現在、点字図書館等が、出版社に対して電子データの提供を依頼したとしても、多くの出版社はこれに応じてくれない。私が読書バリアフリー法に最も期待していたのが、このような状況を打開する出版社への電子データ提供の義務付けであったが、残念ながらこれは実現しなかった。

4.フランスの取り組み

ところで、上述の出版社への電子データ提供の義務付けは決して夢物語ではなく、諸外国ではすでに実現している。フランスにおいては、2006年に著作権法が改正され、出版社に対して、視覚障害者用の図書作成のための電子データの提供が義務付けられた。

電子データのやり取りはフランス国立図書館が仲介することとなっており、具体的には、同館の管理するHPを通じて、視覚障害者用図書の作成・提供機関(認定を受けた機関に限る)による出版社に対しての電子データの要求、国立図書館による出版社からの電子データの受信、視覚障害者用図書の作成・提供機関に対する電子データの提供といった一連のやり取りが行われている。そして、視覚障害者用図書の作成・提供機関は、このようにして入手した電子データを基にしてデイジー、点字、拡大等の視覚障害者用図書を作成・提供している。

我が国も、フランスのような先進的な取り組みに学ぶべきではないだろうか。

5.終わりに

私は、14歳の時、偶然手にした竹下義樹弁護士の『ぶつかってぶつかって』という点字本によって弁護士への道を開かれた。読書というものは、人生を大きく変えることもある特別な営みなのだ。

今後、わが国でも出版社への電子データ提供の義務付けが行われ、私たち視覚障害者が、真に「文字・活字文化の恵沢」を享受できる社会が実現することを強く望みたい。