大詰めを迎えた あはき法19条裁判
共生社会の足音
1.はじめに
以前、本欄で取り上げたことのある「あはき法19条裁判」が大詰めを迎えている。現在までに原告被告双方の主張が出そろい、今年中にも裁判所の判決が下される可能性がある。
この裁判の帰趨は、我々視覚障害者全体に大きな影響を及ぼすことになるかもしれない。今回は、改めて同訴訟のいきさつや原告・被告それぞれの主張を紹介したうえで、今後の見通しを考えてみたい。
2.本訴訟に至る経緯
学校法人平成医療学園とその関連法人は、平成27年9月、国に対し、福島医療専門学校(福島県)、横浜医療専門学校(神奈川県)、平成医療学園専門学校(大阪府)、宝塚医療大学(兵庫県)の4校に、健常者を対象としたあん摩マッサージ指圧師国家試験の受験資格の得られる養成課程の新設を申請した。しかし、国は翌年の2月に、医道審議会あはき柔整分科会の答申をふまえ、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(以下「あはき法」という)19条に基づき、同課程の設置申請を不認定とした。これに対し、平成医療学園はこの処分を不服として、仙台地裁、東京地裁及び大阪地裁に不認定処分の取り消しを求める訴訟を提起したのである。
あはき法19条では、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、「視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるとき」は、健常者を対象とするあん摩マツサージ指圧師の養成学校の新設や定員増を認めないことができるとしている。
本訴訟で、平成医療学園は、「あはき法19条は、国民の職業選択の自由を保障した憲法22条1項に違反する違憲な法律である。国が、同学園の健常者向けあん摩師養成過程の新設を認めなかったことは、憲法違反の法律に基づく不当な処分であるから取り消されなければならない」などと主張している。
これに対し、国は、「同法は憲法に反するものではなく、国の処分に違法な点はない」として原告の請求を棄却するよう求めている。
3.本訴訟の背景
ところで、そもそも、平成医療学園はなぜこのような訴訟を起こしたのだろうか。
現在、東洋医学を教える専門学校等のうち、あん摩師、はり師、きゅう師の3つの免許を取ることのできる学校は十分な生徒数を確保しているが、他方、近年、はり師、きゅう師2つの免許しか取得できない学校は、入学者が少なく経営的に苦しい状態に追い込まれているといわれている。
そのため同学園は、既存のはり師、きゅう師の養成課程に加え、あん摩師の養成課程を新設し、より多くの入学者を確保して経営を安定させることを目指しているものと考えられる。このような養成学校をめぐる状況が、本訴訟の背景にあるのである。
4.あはき法19条についてのそれぞれの言い分
上述のとおり、本訴訟の主要な争点は、あはき法19条が憲法22条1項に反しているかどうかである。この点について、原告である平成医療学園と被告である国は、それぞれ概ね以下のように述べている。
(1)原告平成医療学園の主張(違憲であることの論拠)
- 昭和39年のあはき法19条制定から50年以上がたち、視覚障害者の社会進出が進み、また、様々な雇用政策により、視覚障害者も、あん摩師以外の様々な職業に就くことができるようになったため、現在では、同法により視覚障害あん摩師を特別に保護する必要はなくなった。
- あはき法19条では、「当分の間」、国は健常者向けの養成学校の新設を認めないことができるとなっているが、ここにいう「当分の間」とは、同条制定当時の被猶予者(あはき法制定当時、一代に限って営業を許されたあはき師以外の医業類似業者)が高齢ないしは死去により業が行なわれなくなるまでの間をいうと解すべきところ、その猶予期間は既に経過している。
- 視覚障害者の生計の維持が困難になっているのは、行政の不作為や無資格であん摩類似の行為を業とする者が蔓延していることによるものであり、晴眼者のあん摩師の数や割合等の増加と視覚障害者のあん摩師の生計の維持との間には関連性がないため、あはき法19条に合理性はない。
(2)被告国の主張(合憲であることの論拠)
- あはき法19条制定後、視覚障害者の職域が拡大したとは言っても、現在もなお、法律上の制限や事実上の困難さから、あん摩師以外の職業に就く視覚障害者の数は決して多くない。健常者の職業選択の幅とは比べるべくもない。そして、依然として、あん摩業は、視覚障害者が経済的に自立できる数少ない道の1つであって、特別に保護されなければならない。
- 「当分の間」とは、視覚障害者がその生計の維持をあん摩関係業務に依存する必要がなくなるまでの間をいうところ、視覚障害者が現在もあん摩師の業務に依存している状況に変わりはないため、あはき法19条の有効期間は経過していない。
- 視覚障害者が経営する治療院と健常者が経営する治療院の平均年収には2倍以上の格差があり、健常者のあん摩師の増加が視覚障害者の生計の維持を困難にしている大きな原因の一つであるから、あはき法19条の規制の必要性が認められる。
5.今後の見通し
現在、本訴訟では平成医療学園より、同学園理事長の岸野雅方氏、視覚障害あはき師の笹田三郎氏、横浜医療専門学校の芦野純夫氏の証人尋問が申請されている。本稿執筆時点で、証人尋問が実施されるかどうかは決まっていないが、証人尋問の有無にかかわらず、年内には判決が下される可能性がある。
従来の判例に照らして考えると、あはき法19条のように、調和のとれた社会の発展を図ることを目的に制定された社会経済政策立法が合憲か違憲かを判断する場合、裁判所は、違憲審査基準(法律が憲法に適合しているかどうかを判断する基準)としては、いわゆる明白性の基準(立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白である場合に限って、これを違憲と判断する基準)を採用するものと考えられる。
この基準は、ある法律が、「著しく不合理であることが明白」という極めて例外的な場合に限って裁判所が違憲判断をするというもので、国にとって有利な基準といえる。
そして、国が主張するように、現在もなお、健常者向けあん摩師養成学校の新設を制限して、視覚障害者を保護することには一定の合理性があると考えることから、あはき法19条は、憲法22条1項に違反しないという判決が出るのではないかと私は考えている。
読者諸氏のご見解はいかがだろうか。
ところで、この裁判は、あくまでこれまでの権益を守る「籠城戦」であり、仮に本訴訟で国が勝訴したとしても、「城」に籠っているだけでは展望が開けないことも忘れてはならない。
この裁判を契機として、我々の先輩が長い歴史の中で培ってきたあん摩の文化を、どうすれば後世の視覚障害者が受け継ぐことができるのか、改めて真剣に考えなければいけないときにきている。