パラリンピックよ、お前もか!ウェブアクセシビリティの現在と未来
共生社会の足音
1.はじめに
先日、東京都盲人福祉協会が、都の担当部署に対して、パラリンピックのチケット購入などに関する情報を、点字や録音媒体で提供してほしいと要望したところ、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会から、ウェブサイトを音声読み上げ対応にしているので、点字などでの情報提供は行わないとの回答があったという報道があった。
ウェブを見ればいいのであって、点字などでの情報提供を行うつもりはないという組織委の言い分は、特に高齢の視覚障害者が、自由にインターネットを使うことができないという現実を無視したひどいものだが、組織委が音声対応にしていると胸を張るパラリンピックのチケット購入サイトも、実は、多くの視覚障害者にはほとんど使えない代物であった。
チケットを購入するためには、まず自分の個人情報を入力して「ID」を取得する必要があるが、そのID取得の画面では、画像で表示された文字や絵などを目で見て読み取り、それを必要箇所に入力する画像認証の仕組みが使われていて、まず、全盲の視覚障害者はこの段階でギブアップである。また、なんとかIDを取得しチケット購入画面に進んだとしても、そのサイトは、競技種目や席種の指定に応じて画面が頻繁に変化するため、スクリーンリーダーの操作に相当熟達した視覚障害者でなければ購入手続きを完了できないものであった。
ところで、近年、このパラリンピックのチケット購入サイトのように、機能の高度化や過度な画像偏重のため、我々視覚障害者には使えない、あるいは使いにくいホームページが増加しているように感じる。今回のエッセイでは、我が国のウェブアクセシビリティ確保に関するルールを概観しつつ、私たちが使いにくいサイトが増加しつつある現状を変えていくための方策を考えてみたい。
2.ウェブサイトのアクセシビリティに関するルール
日本では、国際規格に準拠する形で、日本産業規格(JIS:2019年7月の法改正で日本工業規格から改称)で、視覚障害者をはじめとする様々な障害者や高齢者にもウェブを使いやすくするための指針が示されている。JIS X 8341-3:2016『高齢者・障害者等配慮設計指針−情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス−第3部:ウェブコンテンツ』というのがそれである。
この指針では、3つの適合レベル(レベルA、レベルAA、レベルAAA)があり、適合レベルごとに満たすべき達成基準が定められている。達成基準とは、ウェブページを作成するにあたり、対応すべき要件を規定したもので、レベルAは25項目、レベルAAは13項目、レベルAAAは23項目、合計61項目ある。公的機関に対してレベルAA対応を推奨しており、企業のサイトにはA、またはAAの一部に準拠することを求めている。
達成基準の例としては、「ウェブコンテンツの文字色と背景色のコントラストは、4.5:1以上のコントラスト比を確保する」、「リンクテキストはリンク先の内容を判断できる内容にする」、「エラーメッセージの表示内容のわかりやすさや、エラーの対処方法の明示をする」などがあり細かく規定されているが、これらの達成基準を満たせばウェブサイトは私たち視覚障害者にも格段に使いやすくなる。
しかし、問題は、このルールがあくまでガイドラインであり、何らの強制力を持たないことである。一部の意識の高い公共団体などは、積極的にこの指針に従ったウェブサイトの整備を進めているが、特に民間企業では、この指針を完全に無視したデザインのウェブサイトを平気で公開している場合が少なくない。
3.障害者差別解消法を用いたアプローチの可能性
では、既存の法律、具体的には障害者差別解消法を使って、ウェブサイトのアクセシビリティを、一定の強制力を伴う形で求めていくことはできないのだろうか。
障害者差別解消法では、行政機関に対しては「法的義務」として、民間事業者に対しては「努力義務」として、障害者も健常者と平等に社会参加するために必要な合理的配慮を行うことが義務づけられており、ウェブサイトのアクセシビリティを確保することも、この合理的配慮に含まれると理解される。そのため、行政機関や民間事業者は、障害者からの申し出があった場合には、過度な負担とならない限り、ウェブサイトを当該障害者にも使いやすいものにすることが求められる。
しかし、ここで、民間事業者の合理的配慮が「努力義務」とされていることがネックとなる。もちろん努力義務といっても義務は義務なのであり、障害者からの申し出を無視することは許されない。ただ、現実には、民間事業者については、合理的配慮が「法的義務」とされていないことから若干軽んじられる傾向にあるし、より重要な問題としては、仮に合理的配慮が提供されなかったとしても、それを裁判などの法的手続きで争うことは難しいと考えられる。
そのため、現行の法制度下では、合理的配慮が法的義務とされる行政機関のウェブサイトについてはともかく、障害者が、民間事業者に対し、強制力を伴う形でウェブサイトのアクセシビリティを求めていくことは困難だといわざるを得ない。
4.ウェブサイトのアクセシビリティを法的義務に
では、今後どのような取り組みが求められるのだろうか。必要なルールがないなら作ればいいというのが私の考えだ。
ここで参考となるのがインターネット先進国のアメリカである。アメリカでは、ここ2、3年、視覚障害者や聴覚障害者が原告となったウェブサイトのアクセシビリティに関する訴訟が爆発的に増加している。具体的には、2015年には57件であったものが、2016年には262件、2017年には814件、そして2018年には2285件にも上ったそうである。訴訟の対象となっているのは、マクドナルドやバーガーキングなどの飲食チェーン、銀行、交通機関、さらにはiPhoneでおなじみのアップルや歌手のビヨンセのサイトまで、あらゆる業種の会社や団体である。
もともと訴訟大国だということもあるが、このように多数の訴訟が起こされていることには、アメリカでは、ウェブサイトのアクセシビリティが法的なルールとなっているということが大きく影響しているものと思われる。
同国では、リハビリテーション法 第508条で、政府機関のウェブサイトを対象にアクセシビリティ確保が義務づけられ、航空アクセス法で、航空会社のウェブサイトに、前述のJIS企画にいうレベルAAに相当する基準に準拠することを求めている。
また、障害を持つアメリカ人法(ADA)では、第3編の「公共施設における取り扱い」の解釈として、民間企業などのウェブサイトでもアクセシビリティの確保が法的義務だとされるに至っている。
今やインターネットは公共財といってよいだろう。これが自由に使えるかどうかが生命や安全の確保、生活の質の向上に直結する。そうである以上、ウェブサイトのアクセシビリティも、サイト制作者の任意の取り組みに任せるだけではなく、一定の強制力のあるルールを作り、国全体としてその向上を志向していかなければならない時期にきていると考える。
という大上段の議論とは別に、私もそうなのだが、チケット購入サイトの使いづらさに嫌気がさして、パラリンピックのチケット購入をあきらめた少なくない視覚障害者のために、オリパラ組織委には、もう一度、アクセシブルな方法でのチケット販売をお願いできないものだろうか。