コラム

コロナ禍の心の危機は乗り越えられる

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2021年2月号掲載

1.はじめに

コロナ禍も『鬼滅の刃』のフィーバーとともに、年を越してしまったようである。年明け早々に、全国11都府県に緊急事

態宣言が発令され、なおも予断を許さない状況だ。 

ところで、私は、コロナ自体の感染拡大もさることながら、昨年7月以降の自殺者の増加傾向が気になっている。2018年3月以来の月別自殺者数2,000人超えとなった昨年10月の自殺者数は2,199人(暫定値。警察庁発表)だった。前年同月比で42.9%(660人)の増加である。

我が国の自殺者数は、2010年の31,690人から2019年の20,169人まで10年連続で減少しており、2020年に入ってからも、1月から6月までは前年同月比マイナスで推移していたが、7月以降は5カ月連続で前年より増加している。1月から11月の累計の自殺者数は19,225人で、前年同期より550人も多い。

本稿執筆時点で、コロナによる累計の死者は約4,600人であり、単純に数だけを比較すれば、1月から11月の自殺者はコロナによる死者の4倍以上ということになる。

もともと日本は、オーストラリアやフィンランドと並んで、世界でも自殺者の多い国(2014年「WHO死亡データベース」)で、自殺死亡率(人口 10 万人当たりの自殺者数)においては、1998年以降、G7(先進7カ国)のトップを独走している。

コロナと同じくらい、もしかしたらそれ以上に差し迫った危機として、コロナ禍が続くこの時期だからこそ、改めて自殺者増加の問題を真剣に考えるべきなのではないだろうか。

2.経済的な不安を軽くする「生活福祉資金貸付制度」

自殺の原因として最も多いのは健康問題、続いて多いのは、経済・生活問題である。やはりお金の問題は極めて重要だ。本連載では、これまでにも行政による経済的な支援を紹介してきたが、長引くコロナ禍を受け、今回も非常に使い勝手の良い制度を紹介してみたい。

もし今、手持ちのお金に窮しているのなら、迷わず、地元の自治体の社会福祉協議会に相談することをお勧めする。

従来は低所得者などを対象としてきた「生活福祉資金貸付制度」が、コロナ対応で拡充されている。最大20万円が無利子、保証人不要で借りられる「緊急小口資金」は、通帳などの収入を示す書類とともに手続きをすると、比較的迅速に個人の口座に現金が振り込まれる。原則、借り入れの1年後から返済を開始し、2年以内に返済することになるが、返済開始の時点で住民税非課税の状態にあれば、返済が免除される場合もある。

同じ生活福祉資金の枠組みで「総合支援資金」の貸付制度もある。失業などで困窮状態が長期化した場合、生活再建までの間に必要な生活費用の貸付を行うというもの。毎月20万円(単身者は15万円)を上限に、3カ月以内、最大60万円が無利子、保証人不要で借りられる。据置期間は1年以内で、償還期限は10年以内だ。

この二つの資金を利用すれば、合計で最大80万円までは公的な融資が無利子で受けられる。民間のカードローンなどの金利は、年18%前後とケタ違いに高いので、安易に手を出さず、まずは住んでいる市区町村の社会福祉協議会に問い合わせてみてほしい。

3.一人で抱え込まないことが大切

依然としてコロナ禍の収束が見えない中、社会全体に将来への不安が広がっている。また、テレワークやステイホームで人とのつながりが希薄になり、孤独感を感じている人も少なくないのではないだろうか。さらに、失業や収入の減少で自己肯定感の低下が追い打ちをかける。

読者の皆さんの中にも、コップの淵から水があふれだしそうなのを、表面張力でかろうじてもちこたえているような心の状態の方もいるのではないかと気がかりだ。心のコップから水があふれだして取り返しがつかなくなってしまう前に、ぜひとも誰かにつらい思いを話してほしい。

日本人は、気持ちが弱くなっているときにも、弱みを見せたくない、話してもどうせわかってくれない、話を聞かされた方も迷惑だろうなどと考えて、自分一人で抱え込んでしまいがちだといわれている。しかし、誰かに話すことで気持ちが整理できたり、新たな選択肢に気づいたりすることは少なくない。

心の重荷は誰かに分けることでたいてい軽くなるものだ。

以下に、代表的な心の相談窓口の電話番号を紹介する。

  • こころの健康相談統一ダイヤル(全国の公的な相談機関に接続)
    0570−064−556
  • よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
    0120−279−338(24時間対応)
  • いのちの電話(一般社団法人 日本いのちの電話連盟)
    0570−783−556(午前10時から午後10時まで)
    0120−783−556(毎月10日午前8時から翌日午前8時まで)

4.身近な人のサインに敏感になること

トマス・ジョイナーの『自殺の対人関係理論』という研究によれば、人は、「居場所がない」という感覚(所属感の減弱)と、「生きていることが周囲に迷惑をかけている」という感覚(負担感の知覚)から自殺願望を抱くようになるということである。

これは、私たちは人間関係によって自殺を考えるけれど、周囲の人とのかかわりで自殺を防ぐこともできるということを意味しているのではないか。

自殺をしようとする人は、多くの場合、事前に何らかのサインを出していると言われている。周囲の人は、そのサインに少し敏感になるべきだ。

10数年前のことになるが、がんで闘病中の母から電話がかかってきた。母は、唐突に「子供の頃、厳しくしてしまって悪かったね」と話し出した。私は、「いきなり何言ってんだか」と笑いで紛らわせてしまった。母はその電話から数日後に自殺した。

今でもこのことを思い出すと、母がどうしてそんなことを言うのか、もう少し話を聞いてあげたら別の結果になっていたのかもしれないと考えてしまう。

もしも身近な人が普段と違う様子だったり、いつもは言わないようなことを言ったら、気にかけてあげてほしい。基本となるのは、以下の「TALKの原則」だ。

Tell:ことばに出して心配していることを伝える。
Ask:どんな気持ちなのか率直に聞く。
Listen:つらい気持ちを傾聴する。
Keep safe:安全を確保し、病院や地域の相談機関など、第三者に助けを求める。

このように自分の考えを押し付けたり、無理にアドバイスをしたりするのではなく、相手のつらい気持ちを受け止めることが重要だ。

5.終わりに

障害の有無や性別、年齢にかかわらず、今は一見元気そうでも、心の中につらい気持ちを抱えている人は少なくない。

必要なのは、誰もが心の中に弱い部分を抱えていることをお互いに認め合うこと、そして、それを安心して見せられる社会を作ることだ。それが、コロナによって傷ついた私たちの社会を再生する道であり、コロナ後に残すべきレガシーだと私は考えている。

『鬼滅の刃』の主人公、竈門炭治郎も言っている。「俺たちは仲間だからさ 兄弟みたいなものだからさ 誰かが道を踏み外しそうになったら 皆で止めような」(第201話、吾峠呼世晴作画、『週刊少年ジャンプ』、集英社)と。