コラム

読書バリアフリーの未来は近い! 〜ABSCへの期待〜

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2022年11月号掲載

1 はじめに

総務省統計局の「書籍新刊点数と平均価格」という統計によると、2018年の1年間に我が国で出版された書籍は7万1661点に上る。平均すればなんと1日200冊だ。しかし、これらのうち、点字図書館などによって点訳や音訳、テキストデータ化が行われるのは1割にも満たないといわれている。また、PCやスマホの音声読み上げ機能を使って読むことのできる電子書籍もまだまだ少ない。

私は、弁護士になるために法科大学院(ロースクール)で勉強していたときほど、自由に本が読めないつらさを切実に感じたことはなかった。

2004年、私はできたばかりの法科大学院に第1期生として入学した。新しい学校だったので、教授陣は手加減というものを知らず、一方、私たち学生もまだ手の抜き方を知らなかった。

必然的に、授業で必要な法律書の量は膨大なものになる。しかもほとんど点訳や音訳はされていない。ボランティアに依頼してこれらを作ってもらう時間的余裕もない。

そのため、私は自分自身で、紙の本をスキャナにかけてテキストデータを作り、それを画面読み上げソフトで読んで勉強するほかなかった。徹夜でこの作業を行い、おかげで翌日の授業中に眠り込んでしまうなどということも珍しくなかった。

当時は、あたかも無人島に流れ着いた漂流者が水や食べ物を求めるように、「ああ、必要な本が自由に読めたらなあ」と切実に思ったものだ。

少し大げさに聞こえるかもしれないが、私は最近、出版業界に起きているある変化を知り、昔、無人島からガラスの小瓶に入れて流したSOSが、時間を経て誰かに届いたような気持ちになった。今回は、私をそのような気持ちにしてくれたABSC(アクセシブル・ブックス・サポートセンター)の取り組みについて書いてみたい。

2 ABSC準備会発足の背景

読者の皆さんも、2019年に読書バリアフリー法という法律が施行されたことはご存じだろう。しかし、「法律ができても結局何も変わらないな」と思っている方は少なくないはずだ。かくいう私もその一人だった。

しかし、水面下で、着実にこの法律は我が国の出版業界を変えつつあったのだ。

現在、出版社などの業界団体で作るJPO(日本出版インフラセンター)が、視覚障害者など、読書困難者の読書機会を保障する拠点として、ABSCという機関の設立準備を進めている。

読書バリアフリー法には、主に出版社にかかわるものとして、以下のような定めがおかれている。
・視覚障害者等にも使いやすい電子書籍を普及させること(12条1項)
・点訳・音訳・テキストデータ化などを行う点字図書館等に対して、出版社が保有する書籍の電子データの提供を促進するための環境を整備すること(11条2項)
・書籍を購入した視覚障害者等に対して、出版社がその書籍の電子データの提供を行う環境の整備を行うこと(12条2項)

これを受けて、出版業界が準備会を設けて、目下、設立に向けた作業を行っているのがABSCという機関だ。

3 ABSC準備会の主な取り組み

現在ABSC準備会は、主に、以下の4つのテーマで活動を行っている。
A.出版業界内での読書バリアフリーに関する情報共有
B.音声読み上げ可能な電子書籍の普及
C.書籍のデータベース内に、アクセシブルな図書についての情報を追加すること
D.書籍の電子データ提供に関する仕組みの整備

以下では、それぞれの取り組みについて見ていくことにする。

A.出版業界内での読書バリアフリーに関する情報共有について
読書のバリアフリーを進めるためには、なんといっても、まずは各出版社に読書バリアフリー法のことを知ってもらい、読書困難者の読書を保障しようという意識を持ってもらうことが大切だ。

そのため、ABSC準備会では、まず、全国およそ2500社の出版社に対して、読書バリアフリーについての連絡窓口を設置することを求めている。現在までにおよそ350社の出版社がこの窓口を設置しているとのことである。

また、準備会では、定期的に「ABSC準備会レポート」という冊子を発行して、読書バリアフリーについての意識の向上と情報の共有を図っている。このレポートはまだ墨字版しか発行されていないが、今年12月の第2号の発行にあわせて、視覚障害者対応を検討するとのことである。

B.音声読み上げ可能な電子書籍の普及について
現在発行されている電子書籍には、大きく分けると2つの種類がある。紙の本の紙面をそのまま写真に撮ったような形式の「フィックス型」と、画面の大きさに合わせて自動的に1行の文字数などが調整される「リフロー型」だ。

そして、画面読み上げソフトなどで読み上げが可能なのは、基本的には後者の「リフロー型」のみである。「フィックス型」はデータとしては画像と同じであり、データ内に読み上げ可能な文字情報が入っていないからだ。
ABSC準備会では、読み上げ可能なリフロー型の電子書籍の普及を目指している。

出版社が環境整備をしやすいよう、著作者団体の理解が得られるよう働きかけたり、電子書籍ストアが低コストで音声読み上げを実現できるよう、既存の音声読み上げエンジンについて研究したりしている。

そのうちの一つ、株式会社ボイジャーの「BinB」はブラウザ上で動くもので、著作権保護期間が経過した書籍を無料で読むことのできる「青空文庫」でも導入されている。興味を持たれた方は、ホームページなどにアクセスして使い勝手を試してみてほしい(https://aozora.binb.jp/reader/main.html?cid=45630)。

C.書籍のデータベース内に、アクセシブルな図書についての情報を追加することについて
日本で出版されるほとんどの本の書誌情報は、JPO(日本出版インフラセンター)の「Books」というデータベースに登録されるが、ABSC準備会ではこのデータベースを改修し、まずは、ある本について、音声で読み上げ可能な電子書籍やオーディオブックが出版されている場合に、そのことがデータベース上からわかるようにするための登録作業を進めている。

今後は、これにサピエ図書館の情報も登録していく予定だということだ。これが実現すれば、視覚障害者も、現在どのような本が出版され、その本のバリアフリー対応状況がどうなっているのかを、「Books」上でワンストップで確認することができるようになる。

まだデータ更新作業は半ばであるが、ご興味のある方は以下のURLにアクセスしてみてほしい。なお、12月にはJIS X 8341-3「A」に準拠したサイトに改修される予定である(https://www.books.or.jp/)。

D.書籍の電子データ提供に関する仕組みの整備
現在、本の出版のほとんどすべての段階で電子データが使われている。視覚障害者や点字図書館が出版社からその電子データの提供を受けられれば、私たちの読書環境は劇的に変わるはずだ。

本年6月に経産省が公表した「読書バリアフリー環境に向けた電子書籍市場の拡大等に関する調査報告書」(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/2022dokubarireport.html)によれば、すでにこの仕組み作りが検討されており、ABSCが、電子データを提供する際の連絡・仲介業務を行う機関として位置づけられている。

まだまだ技術面や制度面の課題はあるが、この仕組みが実現すれば、自由に読書したいという長年の視覚障害者の夢も実現に近づくはずだ。

4 終わりに

以前、本欄で、日本もフランスのように、国会図書館が中心となって読書バリアフリーを進めていくべきだと書いたことがある。しかし、ABSC準備会の取り組みを知り、我が国の出版関係者の、「読書バリアフリーは、国に任せず出版業界自身が主導していく」という粋と気概のようなものを感じた。

読者の皆さんも、ぜひこのABSC準備会の取り組みに関心を寄せていただければと願っている。