コラム

今、代筆・代読が熱い!?

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2022年9月号掲載

1 はじめに

私は帰宅して自宅の郵便受けを開けるとき、常にちょっとした憂鬱を感じる。それは、たいていの郵便物は墨字であり、何が届いているのかすら、自分で確認することができないからだ。以前は目の見える親族が同居しており、郵便物の仕分けや書類への記入などを手伝ってくれていたが、その親族が亡くなってからは、ともに全盲の私と妻は、読み書きをもっぱら小学生の子どもたちに頼っている。子どもたちも両親に協力してくれてはいるが、区役所からの重要な手紙が届いていたことに、手続きの期限が過ぎてから気付いたなどと言うこともある。

2018年に日本視覚障害者団体連合(日視連)が行った全国アンケートでは、回答した視覚障害者のうち、86.4%が、日常生活において「読み書きをすることに困っている」と答えている。この割合は全盲では90.3%にも上る。

視覚障害者の読み書きの困難は、長年未解決の問題であったが、最近、このような現状を変えてくれるかもしれない新しい取り組みやサービスが動き出している。

今回は、福祉制度からのアプローチと、民間企業によるサービスからのアプローチを紹介してみたい。

2 自治体による代筆・代読の支援について

本年3月、東京都中野区では視覚障害者が自宅など好きな場所で、代筆・代読の支援を受けられる制度が始まった。私の知る限り、板橋区に次ぐ都内2か所目の取り組みである。障害者手帳の有無に関わらず、必要がある視覚障害者は月に2回まで、手紙や新聞などの代読、申込書への記入など、1回1時間、区が派遣したヘルパーの「目を借りる」ことができる。

しかし、多くの視覚障害者が、日常生活に同行援護のガイドヘルパーや居宅介護のホームヘルパーの支援を受けているのに対し、代筆・代読専門のサービスを利用しているという人はほとんどいないのではないだろうか。

同行援護や居宅介護は、障害者総合支援法の「自立支援給付」に位置付けられ、各市区町村が必ず実施しなければいけない事業とされている。一方で、代筆・代読は、同じ障害者総合支援法の中でも「地域生活支援事業」に位置付けられており、各市区町村の判断で実施するか否か、また、実施する場合にどのような仕組みとするかを自由に決められる。この違いが利用者数に大きな影響を及ぼしていると考えられる。併せて、視覚障害者自身もこの制度のことを知らないために、住んでいる自治体に利用希望の声を伝えられていないのではないだろうか。

前記の2018年の日視連の調査によれば、当時、代筆・代読支援の制度を設けていたのは、回答した1134の市区町村のうち、わずか14の自治体にとどまっていた。

ところで、読者の皆さんの中には、同行援護のガイドヘルパーや居宅介護のホームヘルパーに、書類や手紙などの読み書きを手伝ってもらっているという方もいるだろう。しかし、同行援護は基本的に、外出時の移動や読み書きを支援する制度であることから、ガイドヘルパーは利用者の居宅内でサービスを提供することができない。そのため、ガイドヘルパーと一緒に買い物に行った場合も、帰宅後の自宅内で、ガイドヘルパーに買ってきた品物の確認をしてもらうことや、商品の説明書を読み上げてもらうことはできないというのが原則だ。もし、ガイドヘルパーに手紙などを読んでもらいたいと思うならば、外出先にその手紙を持ち出して読み上げてもらうという方法も考えられるが、あまり人に知られたくない情報が記載された書類を読んでほしいときには、プライバシーを守ることが難しいという問題もある。

一方、居宅介護のホームヘルパーは、同行援護とは違い、利用者の居宅内でサービスを提供することができ、必要に応じて書類の読み書きを支援してもらうこともできる。しかし、たいていの場合、居宅介護に使える時間は極めて限定されており、食事の支度や掃除等、必要な家事の支援を受けると、代筆・代読のための時間が確保できなくなってしまうという問題がある。

このような、ともすれば支援の「谷間」になってしまいがちな自宅内での読み書き支援を可能にするのが、代筆・代読支援なのである。視覚障害者がどこに住んでいてもこのサービスを利用できるようにするためには、代筆・代読支援を障害者総合支援法の「地域生活支援事業」から、「自立支援給付」にその位置付けを変更していくことが必要なのではないか。

3 民間企業による新たなサービス

次に、昨年12月から始まった民間企業の新たなサービスについて紹介する。

それは、Eyeco Support(アイコサポート)という、視覚障害者が、スマートホンのカメラで撮影した映像をコールセンターに送り、それを専門のオペレーターが見て、遠隔地から目の代わりをしてくれるというサービスだ。このサービスでは、オペレーターに、カメラで撮影した映像とともにGPSの位置情報も送信されるため、目の前にあるものだけでなく、例えば外出先で、周囲にどのようなお店があるなどと言った情報もガイドしてもらうことができるという優れモノだ。

Eyeco Supportを提供しているのは、損保ジャパンのグループ企業である株式会社プライム・アシスタンスという会社だ。この会社は元々、自動車保険の加入者から、交通事故などの際に連絡を受け付けるオペレーター業務を得意とする企業で、そのノウハウを視覚障害者の支援にも応用した。

現在、このサービスは年末年始以外、土日も含め、毎日午前9時から午後9時まで提供されており、サービスの利用者は、好きな時に好きなところで書類や手紙を読んでもらうことができる。しかも、読み上げてくれるのは、コールセンターにいる専門のオペレーターなので、個人情報が悪用される心配もない。

このサービスは遠隔地からの支援なので、自宅に来て書類などに代筆してもらうということはできないが、必要な時に、いつでも健常者の「目を借りる」ことができるというのは、一人暮らしの視覚障害者や視覚障害者同士の夫婦などにとってはとても利便性が高いと思われる。

4 今後の課題

ここまで、自治体による代筆・代読支援と、民間企業による遠隔サポートを紹介してきたが、それぞれ、まだ課題もある。やはりお金の問題だ。

自治体による代筆・代読支援は、1度のサービス提供が1時間程度と短時間であることから、サービスの担い手となる事業所やヘルパーに、行政から支払われる報酬が低廉なものになってしまう。そのため、現実的には、代筆・代読だけを単独のサービスとして提供することは、事業所の経営上極めて困難である。短時間のサービス提供であっても、行政から適正な報酬が支払われる制度にしなければ担い手が確保できない。

また、Eyeco Supportについては、利用者の料金負担の問題がある。現在、このサービスは、利用者の支払う月額の利用料でコストを賄っており、利用者は、毎月5500円を支払ってサービスに登録する。現実的には、これを負担できる視覚障害者は多くない。利用料の一部でも公費で負担できないものだろうか。

これらの課題を解決していくためには声を上げていくことが大切だ。私もそうだが、視覚障害者は、読むことや書くことをあきらめて、墨字の手紙などを「なかったこと」にしてしまっていることも少なくない。そのような現状を変えていくための制度やサービスはすでに存在する。これを活かすのは私たち自身の意思である。