コラム

繰り返される視覚障害者の踏切事故 安全対策は待ったなし

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2022年7月号掲載

1 はじめに

致死率46パーセント。これは新たに発生した感染症の話ではない。皆さんにも身近な「ある場所」で事故に遭った場合に、被害者が死亡する可能性を示した数字だ。

その場所とは「踏切」。内閣府の発表によれば、2019年に発生した踏切事故は208件、そのうち死亡事故は96件だ。踏切事故に巻き込まれた場合、生還できる確率はコインを投げて表が出る確率と同じくらいだ。視覚障害者にフォーカスした統計はないが、踏切内からの脱出が困難な視覚障害者に関していえば、致死率はこれよりも相当高い可能性がある。実際、昨年も1人、そして今年もすでに1人、踏切事故で視覚障害者が亡くなっている。

今回は、報道等で伝えられているこれら2件の事故の状況を改めてお伝えし、このような事故の発生を受けて、本年6月に国交省が改正した「道路の移動等円滑化に関するガイドライン」の内容を紹介する。

2 昨年の静岡の事故について

両事故の説明に入る前に、踏み切りに進入する際、入る場所に設置されているものを「入口の遮断機」、出る位置にあるものを「出口の遮断機」と便宜上表記することをご承知おき願いたい。

まず、昨年、静岡で発生した踏切事故の概要をまとめてみる。8月14日午後9時半ごろ、伊豆箱根鉄道駿豆線の三島駅と三島広小路駅間の踏切(長さ約6メートル、幅約12メートル)で、佐藤一貴さん(当時26歳、視力は右0.04、左0の弱視)が、電車にはねられて死亡した。

佐藤さんは踏切から10メートルほど手前でスマホを確認して踏切を渡り始めたが、踏切内に入ったところで警報機が鳴り始めたため、出口の遮断機の手前で立ち止まった。そして、接近した電車の警笛を聞くと、そこから数歩後ずさりし、電車正面に接触した。

一連の動きから、佐藤さんは警報機が鳴った際に踏切外にいると思い、出口の遮断機を入口の遮断機と誤認したため、電車の警笛に対し、遮断機から離れるように後ずさりしてしまったのではないかと考えられている。

3 今年4月の奈良の踏切事故について

次に、今年発生した奈良の踏切事故の状況を紹介する。4月25日午後6時13分、近鉄橿原線近鉄大和郡山駅付近の踏切(長さ8.2メートル、幅4.7メートル)で、高垣陽子さん(当時50歳、全盲)が電車に接触して死亡した

高垣さんは、踏切手前約3メートルあたりでズボンの右ポケットからスマホのようなものを取り出し、白杖を振らずに左手で持ち、スマホのようなものを胸の位置で構え、うつむき加減で踏切に進入した。警報機が鳴り始めると、高垣さんは、もう少しで踏切を渡り終える出口の遮断機手前の位置でしばらく立ち止まる。そして、スマホのようなものを右ポケットに入れ、右手に杖を持ち替えて左側に一歩寄った。接近した電車の警笛を聞くと、突然振り返り、慌てた様子で、もと来た方向に戻り始め、踏切の中央付近で電車の先頭車両、右側面に接触した。

高垣さんの行動から、当初、踏切に入ったことに気づかず、警報機が鳴り始めた時点では踏切の外にいるつもりで停止したが、電車の警笛が鳴ったことで、自分が踏切内にいるかもしれないと思って、振り返って踏切の外に出ようとしたのではないかと考えられている。

なお、この踏切には四隅にあたる位置に、それぞれ縦横2枚ずつ4枚の点字ブロックが敷設されていたが、踏切への進入時、高垣さんは、白杖でも足でもこの点字ブロックには触れておらず、点字ブロックは警告の意味をなしていなかった。

4 2つの事故の共通点

これら2件の事故には共通点がある。それは、いずれのケースでも、踏切に進入した時点では、自分が踏切に進入したことに気づいていなかった可能性が高いということだ。その結果、佐藤さんも高垣さんも、接近する電車の警笛を聞いて、自ら電車に近づく形で踏切の中心に向かって移動してしまっている。

このような事故を防ぐためには、視覚障害者が踏切の内と外を確実に認識でき、踏切内で方向を見失わずまっすぐに歩行できるようにすることが必要だ。

5 国交省の新たなガイドライン

これらの事故を受け、国交省では本年6月、バリアフリー法に基づいて作られている「道路の移動等円滑化に関するガイドライン」を改訂し、初めて踏切における点字ブロック等の設置方法を示すことになった。

このガイドラインでは、踏切手前の点字ブロックを「標準的な整備内容」とし、踏切内へのエスコートゾーンなどの設置を「望ましい整備内容」とした。

具体的には、次のような記述が盛り込まれた。

「特定道路等においては、歩道等の踏切道手前部に、点状ブロックによる踏切道の注意喚起を行うとともに、線状ブロックを部分的に設置することにより、注意喚起を行う点状ブロックに適切に誘導する」。

「踏切道内には、鉄道事業者とも連携し、視覚障害者が車道や線路に誤って進入することを防ぐとともに踏切の外にいると誤認することを回避するため、「表面に凹凸のついた誘導表示等」(歩道等に設置する視覚障害者誘導用ブロックとは異なる形式とする)を設けることが望ましい。この場合、踏切道手前部に設置する線状ブロックで示す移動方向と、踏切内での誘導表示等が示す移動方向を直線的に連続させるようにするものとする」。

6 今後の課題

ガイドラインの改定は重要な一歩だが、そもそも、同ガイドラインは道路管理者に整備を「促す」もので、法的義務を課すものではないこと、また、基本的に「特定道路」にある踏切が整備対象とされており、その範囲が狭すぎるのではないかという問題がある。特定道路とは、国交大臣がバリアフリー化を優先的に進めるために指定した、多数の高齢者や障害者が徒歩で通行することが予測される道路で、基本的に主要駅や福祉施設周辺に限られる(現在、特定道路の指定を受けているのは全国で約4558キロメートルで、道路全体のごく一部である)。

今後、特定道路にある踏切では点字ブロック等の整備が進められるはずだが、それ以外の道路では、このような整備を行うかどうかは、それぞれの道路の管理者の判断に委ねられている。

内閣府の資料によれば、2020年度末で、全国には踏切が3万2733か所あるとのことだ。基本的に、踏切の大小や通行料などでその危険性が変わるものではないため、将来的には、すべての踏切に点字ブロック等が敷設されることが必要ではないか。「特定道路」を対象とする「バリアフリー法」や「道路の移動等円滑化に関するガイドライン」からのアプローチのみならず、「踏切道改良促進法」など、既存の仕組みも使って、可能な限り早期にすべての踏切における安全対策を進めるべきだ。

それまでの間、視覚障害者が本稿の冒頭で紹介した46パーセントに入らないようにするためにはどうすればよいのだろうか。目で見て歩道と踏切の境目が確認できない視覚障害者にとっては、踏切に点字ブロック等を適切に敷設すること以外に、根本的な対策は見出しにくい。視覚障害者自身の注意と周囲の見守り、そしてほんの少しの幸運を期待するしかないのだろうか。