コラム

障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法案の解説と評価

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2022年6月号掲載

1.はじめに

本誌の読者であれば、障害の「社会モデル」という考え方にはなじみがあるだろう。簡単にいえば、障害の「社会モデル」とは、障害をその人の心身の機能の欠陥だとするいわゆる障害の「医学モデル」を否定し、障害はその人個人の側にあるのではなく、多様な個性や特徴を持っている人を前提に作られていない社会の側にあるのだとする考え方だ。例えば、店の入り口に段差があるために車いすで入店できないという出来事が起こった場合、その不便や制限は、その人の足が不自由であるために引き起こされたと考えるのではなく、車いすで入れないような設計を採用した社会の側に責任があると考える。障害は、個人の側でなく段差を設けた社会の方にあるのだ。

情報の分野についても同じことがいえる。例えば、あるホームページで写真が多用され、テキスト情報がないために視覚障害者にはその内容がわからないという出来事があったとする。これは、その人の目が見えないために必要な情報が得られないのではなく、視覚障害者が閲覧することを想定してそのホームページが作られていないことに原因があると位置づける。

このように考えると、障害というのは、個人の治療や訓練によってではなく、社会を変えることによってなくしていかなければならないということになる。

「社会モデル」を前提とする障害者権利条約の成立以後、我が国の障害者法制も、この考え方に基づき、社会の仕組みやルールを変えることで障害をなくしていくことを目指して整備されてきた。建物や交通の分野では、バリアフリー法によって一般的な基準を定めて社会全体の底上げを図り、それでも残ってしまうバリアは障害者差別解消法の合理的配慮を使って個別具体的な申し出に対応する形で解消するという枠組みが作られている。

一方、情報やコミュニケーションの分野では、個別に申し出に対応する障害者差別解消法はあるものの、これまで、全体を底上げする環境整備のルールはほとんど存在しなかった。

現在開催中の通常国会において、「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」が成立する見込みだ。この法律が成立すれば、情報やコミュニケーションの分野でも、建物や交通機関のバリアフリーと同じように、一般的基準と個別対応という双方からのアプローチで社会を変えていくツールがそろうといえる。

以下で、同法のポイントを解説してみたい。

2.障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション

施策推進法案の内容
(1)目的と基本理念

この法律は、「全ての障害者が、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加するためには、その必要とする情報を十分に取得し及び利用し並びに円滑に意思疎通を図ることができることが極めて重要であることに鑑み、」、「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策を総合的に推進」するために作られた(1条)。

そして、法の基本理念として、�@障害者が、可能な限り、その障害の種類及び程度に応じた手段を使って情報にアクセスしコミュニケーションができること、�A地域による格差なく情報にアクセスしコミュニケーションができること、�B障害者が、可能な限り健常者と同一の情報を同一の時点において取得できること、�C障害者が、インターネットやICT機器を使って情報へのアクセスやコミュニケーションができるようにすること、以上の4つが挙げられている。

(2)国等の責務

そのうえで、国や地方自治体には、上記の基本理念にのっとって施策を策定し実施する責務があること(4条)、政府は必要な法制上、財政上の措置を行うべきであることが定められている(10条)。

一方、事業者には、事業活動に伴い、障害者の情報アクセスや円滑なコミュニケーションを図り、行政の施策に協力する努力義務が課された(5条)。

(3)障害者等の意見を反映する仕組み

また、国や地方自治体が施策を策定し、実施するプロセスに、一定の範囲で障害当事者が関与し、その意思を尊重すべきことも定められた。

8条では、「国及び地方公共団体は、…(中略)…施策を講ずるに当たっては、障害者、障害児の保護者その他の関係者の意見を聴き、その意見を尊重するよう努めなければならない。」とされ、5年ごとに国が作成する障害者基本計画等は、この法律の趣旨を踏まえたものとしなければならないことも定められた(9条)。障害者基本計画は、内閣府に設置された障害者政策委員会の意見を聞いて作成されるので、この委員会の構成員になっている各障害者団体の意見が、基本計画に反映される仕組みが整えられたといえる。

(4)基本的な施策について

次に、この法律では、以下に挙げる4つの分野について、国や地方公共団体が講ずべき基本的な施策が定められている。実際の施策策定で意味を持ってくるのが次の4分野に示された内容なので、少々長くなるがすべて紹介してみることにする。

ア.障害者による情報取得等に資する機器等(11条)

・国及び地方公共団体は、障害者にも使いやすいICT機器やICTを用いたサービスの開発等を助成すること、規格の標準化を図ること、障害者がそれらの機器を入手する際の支援をすること等の必要な施策を講じる。

・国及び地方公共団体は、障害者のICT機器の使用方法の習得を支援する取り組みを行う、また、そのような取り組みを行っている者を支援するよう努める。

・国は、障害者にも使用しやすいICT機器等の開発・普及のため関係者の協議の場を設置するなど、関係者の連携・協力を促進する。

イ.防災及び防犯並びに緊急の通報(12条)

・国及び地方公共団体は、障害者が防災や防犯に関する情報を迅速、確実に取得できるように、体制の整備や充実、設備や機器の設置その他の必要な施策を講ずる。

・国及び地方公共団体は、障害者による迅速、確実な緊急通報を可能にするため、多様な手段による緊急通報の仕組みの整備等必要な施策を講ずる。

ウ.障害者が自立した日常生活及び社会生活を営むために必要な分野に係る施策(13条)

・国及び地方公共団体は、障害者が自立した日常生活及び社会生活を営むために必要な分野において、障害者の情報アクセスや円滑なコミュニケーションを可能にするため、意思疎通支援者の確保、養成、資質の向上その他の必要な施策を講ずる。

・国及び地方公共団体は、各事業者が行う、障害者の情報アクセスや円滑なコミュニケーションのための取り組みを支援する施策を講ずるよう努める。

エ.障害者からの相談及び障害者に提供する情報(14条)

・国及び地方公共団体は、障害者から相談を受ける場合、障害者の情報アクセスや円滑なコミュニケーションに配慮する。

・国及び地方公共団体は、障害者に情報を提供するにあたっては、その障害の種類及び程度に応じてこれを行うよう配慮する。

3.法律の評価

今回、障害者の情報アクセシビリティー及びコミュニケーションに特化した法律が作られ、国としてこの分野の施策を推進していくことが示されたことの意義は小さくない。

しかし、法律全体を読んでみると、ある種の「物足りなさ」を感じるのも事実である。基本理念の中に「可能な限り」行うという言葉が2度出てくることや、建物や交通機関を対象とするバリアフリー法が、一定の範囲でバリアフリー基準への適合を義務付けて法の実効性を確保している一方で、この法律では義務付けの規定がほとんどないからだ。

しかし、我々が法で「施策を講ずる」と列挙されている事項を理解し、行政に各政策の実行を働きかけることで現状は変わっていく。まずは、現在、障害者政策委員会で審議されている「第5次障害者計画」の中に、この法律の趣旨を具体化した政策を数多く盛り込ませることが重要だ。その意味では、法を生かすためには、今、国や自治体に、果たすべき具体的な宿題を与えていくことが求められるといえるのではないか。