コラム

最後の砦は守られた〜あはき法違憲訴訟の最高裁判決を読む

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2022年4月号掲載

1 はじめに

本年2月7日、最高裁は、視覚障害を持つあん摩マッサージ指圧師(以下、あマ指師)の生計維持を図るために、健常者を対象とするあマ指師養成学校の新設や定員増を制限する「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」(以下、あはき法)19条1項が、職業選択の自由を保障した憲法22条1項に反するかどうかが争われた訴訟において、あはき法19条1項は「合憲である」との判決を言い渡した。

本件は、平成27年9月、学校法人平成医療学園が国に対し、同法人とその関連法人の運営する3校の専門学校と1校の大学に、健常者を対象としたあマ指師国家試験の受験資格を得られる養成課程の新設を申請したことに端を発する。国は翌年の2月、医道審議会あはき柔整分科会の答申をふまえ、あはき法19条に基づき、同課程の設置申請を否認定とした。同学園が、その処分を不服として提起したのが本訴訟である。

2 最高裁判決の内容

まず、最高裁は以下に列挙する理由により、「視覚障害がある者の保護という重要な公共の利益のため、あん摩マッサージ指圧師について一定以上の障害がある視覚障害者の職域を確保すべく、視覚障害者以外のあん摩マッサージ指圧師の増加を抑制する必要がある」と述べる。

・視覚障害者は、その障害のために従事しうる職業が限られ、就業率も高くないところ、あマ指師は視覚障害者の適職とされ、多くの視覚障害者が従事してきた。
・本件処分時点においても、視覚障害者の相当程度の割合のものがあマ指師の仕事についている。
・あマ指師は視覚障害の程度が重くても就業機会を得ることができる主要な職種の一つである。
・あマ指師やその養成学校の生徒のうち、視覚障害者以外の者の割合は増加傾向にある。
・あマ指師のうち、視覚障害者の収入はそれ以外の者より顕著に低くなっている。
・視覚障害者にその障害にも適する職業に就く機会を保障することは、その自立及び社会経済活動への参加を促進するという積極的意義を有する。

次に、以下のような事実を挙げ、「健常者向け養成学校の新設を規制することには合理性がある」と述べている。
・健常者のアマ指師の増加を抑制するため、健常者対象の養成学校の新設や定員増を制限することは、規制の手段として相応の合理性を有する。
・健常者対象の養成学校の新設等を全面的に禁止するのではなく、「必要があると認めたときに」限って制限するにとどまっている。
・健常者対象の養成学校の新設等を制限する際には、医道審議会の意見を聞かなければならないとされており、処分の適正さを担保する方策がとられている。

・健常者は、既存の養成学校に入学し試験を受けることであマ指師の資格を取得することができるのであって、新しい養成学校の開設を規制したとしても、その職業選択の自由に対する制限は限定的なものである。

最高裁は結論として、あはき法19条1項が重要な公共の利益を図るために必要かつ合理的な規制であるとして、同法が違憲であるという平成医療学園側の主張を退けた。

3 草野耕一裁判官の少数意見について

ところで、あはき法19条1項が合憲であるという判断は、最高裁第2小法廷の4人の裁判官全員一致のものであった。ただし、草野裁判官は、結論に至る理由が多数意見とは一部異なるとして「意見」を述べている。

この中で草野裁判官は、あマ指師(あん摩の免許しか持たない者)とあはき師(3つの免許を持つ者)は、基本的には別の価値を提供する別の職業であるという認識に立ち、視覚障害者を保護するためのあマ指師養成学校の新設制限があることで、社会全体でみると、あはき師ないしあはき師養成業について、その需要が満たされない状況が作られてしまっている可能性があるのではないかと述べる。これは、健常者向けあマ指師養成学校の新設を規制するあはき法19条1項をもって、健常者向けあはき師養成学校の新設制限をすることに疑問を投げかけるものである。

私は、このような草野裁判官の意見には疑問を感じざるを得ない。そもそも、現在、多くのあはき師は、マッサージの手技を中心にサービスを提供しており、あマ指師とあはき師が提供するサービスはかなりの部分でオーバーラップする。そのため、草野裁判官の、あマ指師とあはき師が別の価値を提供する仕事であるという前提理解自体に疑問もある上、もしも、健常者を対象とするあはき3科の養成学校には、あマ指師の養成学校の新設を規制するあはき法19条が適用されないとすると、結果的に、視覚障害あマ指師の生計維持が困難となり、視覚障害者の職域を優先し、視覚障害者を保護するという同法の趣旨は完全に没却されてしまう結果となることがほぼ間違いないからだ。

4 終わりに

本件最高裁判決は、あマ指業が視覚障害者にとっての適職であり、この分野における視覚障害者の保護が必要であることを正面から認めた画期的な判決である。「視覚障害者にその障害にも適する職業に就く機会を保障することは、その自立及び社会経済活動への参加を促進するという積極的意義を有する」と認めた点など、我々視覚障害者が署名活動等を通じて訴え続けてきたことが、裁判所にも伝わったのだという実感がある。

ただ、この勝訴判決は、比喩的に言えば、いわば「籠城戦」での勝利であり、いずれ「城」から打って出なければ状況を根本的に変えることはできない。前述のとおり、草野裁判官の少数意見には重大な疑問があるが、職業選択の自由というのは、職業に就くもの、就こうとする者にとって重要なだけでなく、その職業が提供する便益によって利益を受ける者にとっても重要であり、その両面から見なければいけないのだという複眼的視点の必要性を示すものとして傾聴に値するようにも思う。

草野裁判官が暗に示しているように、視覚障害者の利益を図るためだけにあマ指師の養成学校の新設を規制することで、あはきの有資格者の増加が抑制され、有資格のあはき師の施術を受けたいと思っている潜在的患者の利益を害することが、仮にあったとすれば、早晩、そのような規制は社会的な理解を得られなくなっていくだろう。

ここで考えたいのが、視覚障害者があんま・マッサージ・指圧を行うことの意義と、それを国民に広く理解してもらうことの大切さだ。視覚障害者が行う手技が良質であり、視覚障害あマ指師の存在は、国民全体の健康増進に寄与するものであることなど、視覚障害者が手技を行うことが社会の利益になるのだということを、積極的に発信していく努力が求められるのではないだろうか。

この裁判のために培われた全国の視覚障害者の絆を、新たな運動に繋げていこうではないか。