コラム

障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法案への期待と将来の展望

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2022年2月号掲載

1 はじめに

コロナ禍も3年目に入ったが、この期間ほど情報アクセシビリティ(情報の利用しやすさ)の重要性を痛感させられたことは、これまでになかったように思う。

例えばワクチン関連で、全盲の視覚障害者の場合、単独ではワクチンの接種券が入った封筒が届いたことにも気づけないし、墨字で書かれた必要事項を確認して接種の予約を取ることもできない。ほかにも、持続化給付金を申請するホームページは、画面読み上げソフトで上手く読み上げることができないし、スマホのワクチン接種証明アプリもボイスオーバーでは使いにくいなど、挙げればきりがない。様々な情報にアクセスしたり、使いこなしたりすることができなければ、事実上、現代社会では生きていけないのだと、あらためて実感させられた。

ところで、これまで我が国には、読書バリアフリー法など分野に特化した法律はあるものの、障害者の情報アクセシビリティを包括的に規定した法律はなかった。これは、建物や交通機関のアクセシビリティについて、バリアフリー法)によって環境整備が図られてきたのと対照的だ。

しかし、このような状況を一気に変えてくれるかもしれない法案が、今国会に提出される予定だ。「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律案(通称:障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法案)」がそれだ。

本稿執筆時点では、まだ「障害児者の情報コミュニケーション推進に関する議員連盟」(衛藤晟一会長)」が障碍者団体等を対象としたヒアリングの際に公表した法案の骨子案しか明らかになっていないため、実際に国会に上程される法案では内容が変更されている点があるかもしれないが、今回はこの骨子案の概要を紹介してみたい。

2 法案骨子案の概要

骨子案には、この法律の目的が以下のように書かれている。

「(前略)障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策に関し、基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、(中略)施策の基本となる事項を定めること等により、障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策を総合的に推進(後略)」すること

つまり、この法案は障害者の情報アクセシビリティと円滑なコミュニケーションについて、施策の基本理念や方向性を定め、これを総合的に推進していくことを目的としているのである。

法律の基本理念としては、大要、以下のものを挙げている。

・障害があっても、その障害の種類及び程度に応じた手段を使って、情報の取得、利用、円滑な意思疎通を行えるようにすること
・情報の取得、利用、円滑な意思疎通について地域格差が生じないようにすること
・障害者も、健常者と同じタイミングで同じ情報を取得することができるようにすること
・障害者もICTを用いて情報を取得、利用し、円滑に意思疎通することができるようにすること

さらに、各論として「障害者による情報取得等に資する機器等」、「防災及び防犯並びに緊急通報」、「障害者が自立した日常生活及び社会生活を営むために必要な分野に係る施策」、「相談への対応等に係る配慮」に基本的な事項を定めるとしている。
具体的には、例えばICT機器等については、行政が障害者にも使いやすいICT機器やICTを用いたサービスの開発や提供等の助成、規格の標準化、情報提供を行うこと、また、障害者にも使用しやすいICT機器等の開発・普及のため、関係者の協議の場を設置することなどが定められる予定である。

その他にも、防災や防犯については、行政に対し、障害者による防災や防犯に関する情報の迅速、確実な取得のための体制整備や充実等を求めている。
また、私が最も重要だと感じているのは、行政に対し、様々な行政情報について、障害の種類及び程度に応じたものとなるよう配慮することを定める一般的な規定が置かれる見込みだという点だ。この規定は、点字の選挙公報の実現などにも道を開くものになるはずだ。

3 法案への期待

前述したように、建物や交通の分野ではバリアフリー法によって、バリアフリーに関する一般的な基準を定めて社会全体の底上げを図り、それでも残ってしまうバリアについては、障害者差別解消法の合理的配慮を使って、個別具体的に障害者からの申し出に対応してバリアを解消するという枠組みが作られている。環境の整備と合理的配慮はいわば車の両輪である。

この度、障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法が成立すれば、情報アクセスの分野でも同じ枠組みができることになる。まず同法に基づいて一般的な基準を設けて社会の底上げを図り、なおも残る不便や支障には差別解消法により、障害者からの個別の申し出に対応して合理的配慮で対処するということになる。

情報アクセスの分野でも、一般的な環境整備のルールと個別の合理的配慮のルールの両輪が回り始めれば、社会全体として、障害者の情報アクセシビリティが徐々に前進していくはずだ。その意味で、私はこの法案にとても大きな期待をしている。

4 今後の展望

有識者や障害者団体は、障害者の情報アクセシビリティへの取り組みを、行政だけでなく、今後は民間にも広めていくための仕組みづくりが必要だと主張している。

具体的には、アメリカの制度を参考にして、行政機関などが物品やサービス等を民間から購入する場合には、障害者にも利用可能なものを選ばなければならないというルールを導入することを提案している。

アメリカでは、リハビリテーション法508条という法律で、連邦政府及び連邦政府が資金を提供した事業が物品やサービス等を調達する場合、障害者の情報アクセシビリティに対応していることが義務付けられ、遵守すべき技術基準が策定、公開されている。連邦政府は、民間企業にとっては最大の顧客といってよく、連邦政府と取引をするために、民間企業も障害者の情報アクセシビリティに配慮した製品やサービスを開発するという循環ができているといわれている。

また、アメリカでは、自社製品・サービスがリハビリテーション法508条の技術基準をどの程度満たしているかを、各社共通の書式で公開するために、VPAT(Voluntary Product Accessibility Template)という書式が作られて、これが公共調達の際に参照されるようになっている。

一方、我が国について見てみると、すでに情報アクセシビリティの技術基準として、JIS規格X 8341シリーズがあり、加えて、昨年、総務省が日本版VPATとして、自社の製品やサービスがどの程度JISの技術水準等に適合しているのかを公開する共通の書式を公表した。残るは、情報アクセシビリティの技術基準を満たしていることを公共調達の条件とする、いわば日本版リハビリテーション法508条のようなルールの整備だ。

一朝一夕にはいかないだろうが、情報アクセシビリティに配慮した製品やサービスの開発を、民間企業にも積極的に促すような制度が整備されれば、社会の情報アクセシビリティは大きく進むのではないだろうか。

このような未来を展望しつつ、まずは今国会での法案審理に注目したい。