コラム

命がけの抗議が司法を動かした浅田訴訟

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2018年4月号掲載

1.はじめに

障害者自立支援法(現・障害者総合支援法。以下、これら2つの法律を特に区別せず支援法とする)に基づく無償の重度訪問介護が、65歳を機に打ち切られたのは不当だとして、脳性まひで手足に重い障害を持つ浅田達雄さん(70)=岡山市中区=が、同市の決定取り消しなどを求めた訴訟で、岡山地裁は3月14日、原告側の主張をほぼ認め、市に決定の取り消しと慰謝料など107万5千円の支払いを命じる判決を言い渡した。

支援法は65歳以上の障害者に介護保険の適用を優先する原則を規定している(第7条)。そのため、65歳の誕生日を境に、障害の状態は変わらないのにそれまで受けていたサービスが削減されたり、所得は変わらないのに介護費用の一部を自己負担しなくてはならなくなったりするなどの、いわゆる「障害者の65歳問題」が全国で起こっている。

今回の判決は、支援法のサービスと介護保険のサービスの適用関係について、単純に介護保険を優先するのではなく、利用者の実情に応じて柔軟に運用するよう自治体に求めた初の司法判断である。

2.訴訟提起に至る経緯

浅田さんは手足などに重度のまひがあるが、原稿のパソコン入力などの仕事をしながら1人暮らしをしてきた。ただ、年齢とともに家事や入浴など生活全般で介助が必要になり、支援法に基づいて月249時間の重度訪問介護を受けていた。住民税非課税世帯であったため自己負担はなかった。

65歳の誕生日を前に、岡山市は浅田さんに対し、上記の介護保険優先原則に従い、支援法の重度訪問介護から介護保険のサービスに切り替えるよう指導したが、当時、浅田さんの収入は遺族年金など月額およそ15万円であり、介護保険に移行した場合の自己負担分1万5千円を支払ってしまうと、生活が成り立たなくなる恐れがあった。

そこで、浅田さんは介護保険への移行を断り続けていたところ、65歳の誕生日の3日前、市から支援法のサービス支給を停止する旨の通知が届いた。65歳になると介護保険の対象となり、介護保険が優先されることが支援法第7条で規定されているのに、浅田さんが介護保険の申請を行わなかったため、という理由による措置である。

その後、浅田さんはやむを得ず介護保険を申請し、再び支援法の重度訪問介護が併給されるようにはなった。しかし、浅田さんが65歳になった2月15日から3月31日までの1ヵ月半は、一切の介護サービスを受けられず、ボランティアなどによって最低限の支援を受けるだけという状態だった。市のサービス不支給決定により、大げさではなく、命の危機に直面したのである。

そして、2013年9月19日、浅田さんは、65歳を目前に支援法の重度訪問介護を打ち切った岡山市の決定取り消しなどを求めて、訴訟をおこしたのである。

3.本判決の要旨

判決の中で裁判所は、「(支援法の)自立支援給付を受けていた者が、介護保険給付に係る申請を行わないまま、65歳到達後も継続して(支援法の)自立支援給付に係る申請をした場合において、当該利用者の生活状況や介護保険給付に係る申請を行わないままに(支援法の)自立支援給付に係る申請をするに至った経緯等を考慮し、他の利用者との公平の観点を加味してもなお(支援法の)自立支援給付を行わないことが不相当であるといえる場合には、自立支援法7条の『介護保険法の規定による介護給付、健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定による療養の給付その他の法令に基づく給付又は事業であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受けることができるとき』には当たらないと解釈すべき」とした。

そして、浅田さんが介助なしでは日常生活が送れない一方で、介護保険の適用に伴って月額1万5千円を自己負担するのは経済上難しい状況だったのであり、「原告が自立支援法の給付継続を希望したことには理由があり、市はその決定をした上で、納得を得ながら介護保険に関係する申請を勧める等すべきだった」とし、重度訪問介護を打ち切った市の決定を「支援法の解釈・適用を誤った違法なもの」と結論付けた。

4.本判決の評価

この判決は、それまで支援法の介護サービスを受けてきた障害者が65歳になったとしても、生活状況などに照らして不相当と認められる場合には直ちに支援法のサービスを打ち切ることは違法であること、一律に介護保険に切り替えを行うのではなく、利用者の生活状況等を考慮して、必要がある場合には65歳以後も支援法のサービス給付を継続すべきことを司法が明らかにしたもので、画期的な判決だと評価できる。

そして、我々視覚障害者にとっても、この判決は大きな意味がある。個々の生活状況によるので一概にいうことはできないが、従前よりホームヘルパーを使ってきた視覚障害者が65歳を迎える際、自己負担が生じる上にサービスが削減される可能性のある介護保険を申請せず、支援法の家事援助を使いたいと申し出たとしても、これまではそのような申し出が認められることはほとんどなかった。しかし、この判決が出たことで、今後はかかる申し出が認められる可能性が飛躍的に高まるのではないか。

5.憲法25条と介護保険優先原則

現在、国は、いわゆる「自助・互助・共助・公助」論のもとに社会保障分野の様々な予算削減を進めている。

国や自治体の介護保険優先原則およびその運用実態は、保険料や利用料を財源とする社会保険方式をとる介護保険制度を共助とし、税金による公費負担方式をとる障害福祉制度を公助として、共助が公助に優先するという考え方である。これは、国の社会保障関係予算の削減のために設けられた原則であって、それ以上でも以下でもない。

確かに、高齢化が進み、限りある予算を有効に活用しなければならないという要請は理解できる。しかし、障害のために、起床、食事、排せつ、着替え、入浴、就寝などといった人間としての基本的な活動に困難を抱えている人に対しては、国は、「共助」に逃げるのではなく、責任をもって税方式の「公助」で支援すべきなのではないか。

本判決を機に、もう一度、「健康で文化的な最低限度の生活」を権利として保障した憲法25条と、支援法の介護保険優先原則について、障害者全体の問題として考えたい。

【日本国憲法 第25条】

  1. すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
  2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

【障害者総合支援法 第7条】

自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)の規定による介護給付、健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定による療養の給付その他の法令に基づく給付又は事業であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受け、又は利用することができるときは政令で定める限度において、当該政令で定める給付又は事業以外の給付であって国又は地方公共団体の負担において自立支援給付に相当するものが行われたときはその限度において、行わない。