コラム

障害者雇用「水増し」問題をチャンスに変える

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2018年10月号掲載

1.はじめに

8月28日、厚生労働省は33の国の行政機関のうち、内閣法制局、警察庁、金融庁、海上保安庁、厚生労働省、原子力規制委員会以外の27機関で3460人もの障害者雇用が「水増し」されていたと発表した。これまで中央省庁が障害者として雇用していると公表していた約6900人の職員の半数以上に相当する。

9月7日には、衆参両院や国会図書館などの立法機関、最高裁判所や全国の裁判所などの司法機関で、新たに計400人以上の不正な算入が行われていたことが明らかになった。

残念なことに、「水増し」の発覚は中央省庁にとどまらず、全国の教育委員会や行政機関にも及んでいる。神奈川県では知事部局と県教育委員会の合計144人、埼玉県教育委員会では139人、千葉県教育委員会では82人、大分県教育委員会では66人、奈良県教育委員会では54人、秋田県教育委員会と県警本部の合計44人、栃木県教育委員会では39人、熊本県でも県職員と教育委員会の合計38人など、挙げればキリがないほどだ。

現時点では37府県での不適切な算入が判明しているという。厚労省の調査対象は、都道府県や市町村、教育委員会、警察本部などの計2597機関で、9月末までに報告を求めている。

2.障害者雇用の「水増し」とはどういうことか

障害者雇用促進法は、国をはじめとする行政機関に対し、職員数の2.3パーセントに相当する障害者を雇用する義務を課している(本年4月より、この率は2.5パーセントに引き上げられた)。

どのような者を雇った場合に障害者としてカウントできるかについては、同法の別表において定められており、視覚障害については、次のようになっている。

  1. 矯正視力が、両眼それぞれ0.1以下
  2. 一眼の矯正視力が0.02以下、他眼の矯正視力が0.6以下
  3. 両眼の視野がそれぞれ10度以内
  4. 両眼による視野の2分の1以上が欠けている

そして、厚生労働省は、「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」等のガイドラインを策定し、職員の障害の状態については、原則的に障害者手帳によって確認することとし、例外的に、身体障害者については、当分の間、都道府県知事の定める医師もしくは産業医による障害者雇用促進法別表に掲げる身体障害を有する旨の診断書・意見書による確認も認められるとしている。

多くの行政機関において、このガイドラインに従った障害の状態の把握が行われておらず、ガイドラインに定められた方法で再確認すると、中央省庁における平均雇用率は、当初、国が発表していた2.49パーセントを大きく下回る1.19パーセントだったというのである。

果たして、これまで障害者手帳を持たないどのような職員が障害者としてカウントされていたのか、また、事務仕事のプロである公務員が、なぜ厚労省のガイドラインに従わなかったのか、まずは正確な実態の把握と原因の究明が求められる。国は、第三者委員会を立ち上げ、10月中を目処に報告書を取りまとめるとしているので、その内容に注目したい。

3.国家公務員試験への障害者枠の導入の必要性

ところで、私たちは、この事件を単に行政批判で終わらせることなく、視覚障害者が国家公務員として働くということを改めて考え直す契機としなければならない。

まず、国家公務員には、民間企業でいうところの正社員として、常勤職員の「国家公務員総合職」と「国家公務員一般職」の2種類(従来の国家公務員Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種という区別は2012年から変更された)と、民間企業でいうところの契約社員やアルバイトに当たる非常勤職員がいる。

主に霞が関の中央省庁で政策を企画・立案するのが総合職、その政策を現場で施行・運用していくのが一般職、非常勤職員は、それらの補助業務を行っている。

そして、いわば国の正社員である国家公務員総合職、国家公務員一般職に就くには、原則的に、人事院が実施する国家公務員採用試験に合格したうえで、各省庁で採用される必要がある。しかし、筆者の知る限り、点字を用いて国家公務員試験を受験し、最終的に国家公務員として採用されたという例は、1996年に当時の国家Ⅱ種試験に合格し、労働省に採用された全盲の視覚障害者が1人いるだけである。その他に、国家公務員として働いている視覚障害者は、国立障害者リハビリテーションセンターなどの理療科教員や、中途視覚障害者の復職事例がある程度である。

一方で、現在、地方においては、少なくない数の視覚障害者が地方公務員として働いている。なぜこのように中央と地方で差異が生じるのかというと、地方公務員には、健常者とは別枠で、障害者採用を前提とする採用試験の障害者枠があるからだと考えられる。

現在、視覚障害者が国家公務員になろうとする場合、点字受験こそ認められているが、基本的に健常者と同じ条件で限られた数の席を奪い合わなければならない。しかし、職務上特別な配慮が必要であり、健常者と同じ能率で職務を行うことの難しい視覚障害者は、健常者と比べられた場合、傑出した高い能力がなければ採用されるのは難しい。

国家公務員の障害者雇用問題を解決するためには、従来同様に健常者と同条件で総合職試験、一般職試験を受験する道に加えて、新たに障害者枠を設け、毎年一定数の障害者を採用する計画を立てる必要があるのではないか。

このように、国家公務員試験の仕組みに手を入れなければ、結局、今回の事件の後も、国は法定雇用率を満たすために、民間企業でいう契約社員やアルバイトに相当する、非常勤の事務補助などに障害者を雇うだけでお茶を濁す可能性がある。

4.各省庁にヘルスキーパーを配置

また、事務職の国家公務員を増やす方向と別のアプローチとして、すべての中央省庁にマッサージルームを設け、そこでヘルスキーパーとして視覚障害マッサージ師を雇用するという方法もある。

こちらについては、非常勤となる可能性が高いが、試験制度の変更も必要なく、ただちにできる極めて確実な障害者雇用の手段となるはずだ。

長時間労働で心身の疲労を抱えた霞が関の官僚にとっても、庁舎内にヘルスキーパーが常駐し、手軽にマッサージを受けられる環境は歓迎されるはずで、これは、いわばウインウインの障害者雇用となるのではないだろうか。

5.終わりに

このように、今回明るみに出た障害者雇用「水増し」問題は、これまで議論の土俵にすら乗ってこなかった公務員試験への障害者枠の導入や、中央省庁へのヘルスキーパーの配置など、視覚障害者の新たな雇用機会の拡大につながる提案をしていく絶好のチャンスである。

私たちは、おそらく最初で最後のこのチャンスを無駄にしないよう、積極的に声を上げていかなければならない。