コラム

第53回 アドベンチャー・ワールドの命綱と交通安全のルールブック

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2019年8月号掲載

1.はじめに

7月3日、八王子市の京王八王子駅付近の歩道において、全盲の男性が視覚障害者用誘導ブロック(点字ブロック)の上を歩行していたところ、通りかかった男性と接触し、白杖を破損させられた上、「目が見えないなら一人で歩くな」などと暴言をはかれる事件が発生した。加害者の男性は歩きスマホをしていた可能性があるという。

「目が見えないなら一人で歩くな」という障害者の人権を無視した発言もひどいが、その事故が起こった場所は、視覚障害者の安全な歩行を確保するために設置されている点字ブロックの上であったというのであるから、怒りを通り越してあきれてしまう。

しかし、このケースのように、点字ブロック上を歩いている視覚障害者が、歩きスマホの歩行者と衝突したり、放置自転車や立て看板に衝突して転倒するなど、安全である「はず」の点字ブロック上の事故は決して珍しくない。そのたびに「交通マナーがなっていない」とか「健常者は点字ブロックの重要性をわかっていない」などと憤るが、結局、同種の事故は繰り返されている。

全盲の視覚障害者にとって、1人での歩行は危険に満ち溢れている。控えめに言って、「アドベンチャー・ワールド(冒険的な世界)」である。そんな冒険旅行の命綱ともいえる点字ブロック。にもかかわらず、ブロック上の事故はなぜ起こってしまうのだろうか。真に安心安全な点字ブロックを実現するためにはどうすればよいのだろうか。

2.交通安全のルールブックに、点字ブロックという文字はない

度重なる点字ブロック上の事故の背景には、道路の構造上の問題や健常者の意識の問題、視覚障害者側の歩行方法の問題など、様々な要因も複合的に作用しているだろう。しかし、私は、重要な安全設備であるにもかかわらず、点字ブロック上の安全を確保するための法的規制が存在しないということが、つまるところ、問題の根本なのではないかと考えている。

わが国では、『道路法』という法律により、道路の設置・管理や構造についての基本的な事項が定められ、『道路交通法』という法律により、道路上の安全を確保するための様々な規制が行われている。これらがいわば交通安全のルールブックである。しかし、このルールブックには「視覚障害者用誘導ブロック」や「点字ブロック」という文字は出てこない。点字ブロック上も、法的には歩道上の他の部分と特に区別されることはなく、一律の取り扱いがされている。

例えば、歩行者に関する規制は、道交法10条から13条までに書かれていて、歩行者は道路の右側を歩かなければいけないという原則や、道路を横断する際には横断歩道を渡らなければいけないことなどが定められている。また、歩行者が、歩道などで「酒に酔つて交通の妨害となるような程度にふらつくこと」や「交通の妨害となるような方法で寝そべり、すわり、しゃがみ、又は立ちどまつていること」などは同法76条の4で禁止されている。

しかし、点字ブロック上で、歩行者が視覚障害者の妨害となるような歩行方法で歩いたり、妨げとなる態様で立ち止まったりすることなどについての規制は存在せず、点字ブロック上の安全の確保は、あくまで「譲り合いの精神」やマナーに任されているといってよい。

また、道路管理者による道路占用許可や警察による道路使用許可を取得せずに歩道上に看板を設置することは、道交法76条3項および道路法44条の2で禁止され、道路管理者はその撤去を命じることができるとされている。

【道路交通法 第76条3項】

何人も、交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置いてはならない。

【道路法 第44条の2】

道路管理者は、(中略)道路に設置された看板その他の道路に放置され、又は設置された物件(以下この条において「違法放置等物件」という。)が、道路の構造に損害を及ぼし、若しくは交通に危険を及ぼし、又はそれらのおそれがあると認められる場合であつて、次の各号のいずれかに該当するときは、当該違法放置等物件を自ら除去し、又はその命じた者若しくは委任した者に除去させることができる。(以下省略)

しかし、点字ブロックを歩道の他の部分と区別して、看板などの設置を特に厳しく規制する条文はない。

さらに、道交法47条2項で、車両は、駐車場以外の場所では、原則的に車道の左端に寄って駐車しなければならないとされている。そのため、歩道上の駐車は、すべて違法駐車といってよい。

【道路交通法 第47条2項】

車両は、駐車するときは、道路の左側端に沿い、かつ、他の交通の妨害とならないようにしなければならない。

道交法上、自転車も「軽車両」とされており、自動車同様歩道上の駐輪は違法である。しかし、立て看板などの場合と同じように、自動車や自転車について、点字ブロックを塞ぐ態様での駐車や駐輪を、ことさらに規制する法律は存在しないのである。

3.交通安全のルールブックに、点字ブロックを書き込む必要性

以上述べたように、歩道上の規制は種々あれど、点字ブロック上の安全を確保することを目的とする特別な規制は存在しない。

私は、点字ブロックというのは、視覚障害者にとって、他の場所(私にいわせればアドベンチャー・ワールド)とは違う「命綱」のような特別なゾーンなので、このゾーンの安全を守る法規制が必要なのではないかと主張したい。

歩道上に新たな規制を設けることには、技術的な問題もあるだろうし、既にある規制を徹底し、お互いにマナーを守ればよく、法律であまり厳しく縛るのはいかがなものかという考えがあることも理解できる。

しかし、すでに歩道上の規制があるにもかかわらず、視覚障害者が被害者となる、点字ブロック上の事故が絶えないという現実はどう考えるべきだろうか。また、視覚障害者は、点字ブロック上を歩行する際、少なくともここだけは安全だろうと信頼して歩いているので、スマホに目を奪われている歩行者がいたり、障害物があったりすると、他の場所を歩いているときよりも、回避が一瞬遅れてしまうことになる。このことからも、点字ブロック上の特別な規制が必要であるといえるのではないか。

現在の道交法が施行されたのは1960年であり、この当時には点字ブロックは発明されてすらいなかった。それから約60年が経過し、先人達の努力の結果、今では多くの場所に点字ブロックが設置されるようになったが、その安全を確保する法規制は存在しない。見方によっては、バリアフリーの進展に法が追い付いていないといえるのかもしれない。

そろそろ点字ブロックの設置個所を増やす働きかけとともに、点字ブロック上の安全を確保するための適切な法整備を求める運動も必要なのではないか。そのような法整備を行うことが、ひいては健常者の点字ブロックに対する意識を変え、冒頭に書いた八王子の事件のような出来事を減らすことにつながるのではないかと思うのである。