コラム

障害者就労の春近し

共生社会の足音

弁護士 大胡田 誠

月刊『視覚障害』2020年4月号掲載

1.はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国内外ともに自粛ムードのため、なんとなく閉塞感が漂う新年度の幕開けだが、障害者の就労については、近々大きな進展がありそうだ。

現在、通院や買い物などの日常生活にガイドヘルパーを使っている視覚障害者も、会社への通勤や、あはきの治療院の訪問施術の場面では同行援護を使うことができない。また、あはき治療院の保険請求手続きなどを行う上で、ヘルパーに代筆や代読などのサポートをしてもらうことも認められていない。この背景には、個人の経済活動を福祉サービスで支援するのは適当でないという考え方があった。また、障害者の通勤の支援を雇用主と福祉のどちらが行うべきかの議論が続く中で、結局「制度の谷間」として、どちらからも支援が得られなくなってしまったという事情もあったものと思われる。

ところがこの秋から、個人の経済活動にも同行援護と同様の障害福祉サービスが使えるようになる見込みである。現時点でわかる範囲で、今後の制度改正の見通しを概観してみよう。

2.新制度導入の背景

これまで、日本視覚障害者団体連合(日視連)をはじめとする視覚障害者団体は、国に対し、長年にわたり、通勤など個人の経済活動にも障害福祉サービスを使えるように要望してきた。

このような粘り強い働きかけに加え、重度障害者である木村英子氏及び舩後靖彦氏が参議院議員になったことも大きなきっかけとなり、昨年、障害者雇用促進法改正案に対して、衆参両院の厚生労働委員会で行われた法案審議における附帯決議に「通勤に係る障害者への継続的な支援や、職場等における支援の在り方等の検討を開始する」旨が盛り込まれた。

そして、厚労省内に「障害者雇用・福祉連携強化プロジェクトチーム」が設置され、徐々に新制度の枠組みが作られてきた。

3.新制度の概要

(1)民間企業に勤めている視覚障害者に関する支援制度

現在、民間企業で事務系の職種で働く視覚障害者は、「障害者介助等助成金」という支援制度を利用して、職場における墨字文書の処理や仕事上の外出について、雇用主が雇った職場介助者のサポートを受けることができる(この助成金は、介助者の給与の費用の4分の3、月額15万円が上限で原則10年間の期間制限がある)。しかし、この職場介助者を通勤に使うことは想定されておらず、また、上述のように、通勤にはガイドヘルパーも利用できないことから、特に中途失明の視覚障害者にとっては、企業内での業務もさることながら、単独での通勤が企業で働き続ける上での大きな壁となっていた。

今回の制度改正では、「重度訪問介護サービス利用者等通勤援助助成金(仮称)」という新たな助成金制度が設けられる見通しである。この制度は、日常生活に同行援護を使用している視覚障害者が対象で、雇用主が、対象となる障害者の通勤について同行援護事業者にサポートを委嘱した場合、その費用の5分の4(中小事業主は10分の9)、月額7万4,000円(中小事業主は8万4,000円)が助成されるというものである。これを使えば、日常生活に同行援護を利用している視覚障害者は、通勤にもガイドヘルパーを使うことができるようになる。

あわせて、「重度訪問介護サービス利用者等職場介助助成金(仮称)」という制度も導入される予定である。これは、職場内における介助者の費用を助成する制度である(助成率は、費用の5分の4(中小事業主は10分の9)、月額13万3,000円(中小事業主は15万円)。この対象となる視覚障害者には、「事務系の職種」などの職種の限定はないので、例えば、訪問マッサージの事業所に勤めている視覚障害者が、ガイドヘルパーのサポートを受けて訪問施術に出かける、営業職の視覚障害者が、同じくガイドヘルパーのサポートを受けて外回りの営業をするといったことも可能になるものと思われる。

(2)自営業者である視覚障害者に関する支援制度

これまで、個人事業主として仕事をしている視覚障害者が使える障害福祉サービスは存在しなかった。そのため、特にあはき治療院を経営している視覚障害者は、訪問施術にガイドヘルパーを使うことができず、健常者の経営する治療院に比べて極めて不利な立場に置かれてきた。また、近年の療養費の制度改正などを受け、健康保険を使った施術を行った際の保険者への請求手続きなど、視覚を必要とする事務作業が増加し、治療院の経営に危機感を覚えている視覚障害者も少なくなかった。

今般、障害者総合支援法の地域生活支援事業の新たなメニューとして、「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援事業(仮称)」という福祉サービスが創設されることになった。これは、重度訪問介護、同行援護、行動援護と同等のサービスを、自営業を営む障害者が、通勤や職場等における介助に利用することを可能にするものである。

この制度を使えば、自宅で治療院を経営している視覚障害者が、ガイドヘルパーのサポートで訪問施術に出かけたり、健康保険の療養費を請求するために必要な書類作成などの事務作業に、ヘルパーの支援を受けたりすることもできるようになる。

(3)新制度導入は本年10月

ここまで説明してきた新たな制度は、それぞれ本年10月から実際の運用が始まる予定だ。そのため、厚労省は4月以降、半年をかけて各地方自治体に対して説明会を開いたり、具体的な運用の仕組みづくりを支援したりすることになっている。

4.新制度への期待と懸念

通勤や職場でのサポートなど、個人の経済活動に障害福祉サービスを使うことができるようになることは、障害者の就労の機会を拡大し、仕事の質を一気に向上させる可能性を秘めた、近年まれにみるグッドニュースだ。

私が特に期待しているのは、これにより、単独歩行の不安を抱えた中途失明者の職場復帰のハードルが下がることと、あはき治療院を自営する視覚障害者が、訪問施術や健康保険の利用など、健常者に伍して競争できるようになるということだ。

もっとも、まったく懸念がないわけではない。これらのいずれのサービスも、その提供は同行援護事業者によって行われることが想定されている。しかし、あはき療養費の健康保険への申請手続きなど、若干の専門知識が必要な事務作業を支援できるかどうかは、ヘルパーの能力に負うところが大きいように思われる。一方、そのようなサポートをガイドヘルパーが提供することが適当でないとした場合には、どのようなサービス提供主体が支援を行うのかはまだ検討されていない。

また、地域生活支援事業は地方自治体の裁量によって、実施の有無からその内容まで決められるため、せっかく国が自営業者を支援する仕組みを作ったとしても、理解の不十分な市区町村では、そもそもこの事業が実施されない恐れがあるし、実施されたとしても、十分な支援が提供されない可能性もある。

さらに、民間企業に勤める視覚障害者を対象とした助成金については、その制度を利用できる期間が短すぎることも問題だ。通勤の支援者の費用に関する助成金は3か月間、職場における介助者の費用に対する助成金は「利用開始から年度末まで」という極めて短い期間制限が設けられることになりそうだ。数カ月で助成金が打ち切られてしまうのでは、結局「一時しのぎ」にしかならないように思われる。助成金の財源が限られているという事情もあるだろうが、この期間が終わったらサービスが受けられなくなるというのではなく、その後は、「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援事業」にスムーズに移行できるようにするなどの仕組みが求められるのではないか。

このように、新制度は未知数の部分も多いが、今後、障害者の就労を強力に後押しする追い風となることは間違いない。

春は、働く視覚障害者のすぐそばまで来ている。